2019年 7月 18日 (木)

郡山ワンステップフェスティバル
青年が私財を投げうった空前イベント

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   「あの夏の日の伝説たち・2」

   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   ここ数年、大規模化する一方の夏フェスには二つの傾向がある。ひとつは一度にたくさんのバンドやアーティストを見ることが出来るという「お得感」を満たすもの、もう一つは出演者の数を競うだけではないテーマ性に沿ったものだ。でも比率としては前者がほとんどで後者の例の方が少ないというのが現実だろう。

   その両者を備えていた稀有な例が1974年に福島県郡山市で行われた「ワンステップフェスティバル」である。

「ONE STEP FESTIVAL」(SUPER FUJI DISCS、アマゾンHPより)
「ONE STEP FESTIVAL」(SUPER FUJI DISCS、アマゾンHPより)

「街に緑を!若者に広場を!そして、大きな夢を!」

   観客によるステージ占拠による中止というほろ苦い結末で終わってしまった第三回「全日本フォークジャンボリー」から3年後の74年夏。会場は郡山市の開成山陸上競技場。8月4,5日と8,9,10日。長期間に渡って行われたということでも前例のないイベントだった。

   前例がない、ということで言えば、期間だけではない。そもそもの成り立ちから異例づくめだった。

   発起人となった実行委員長、佐藤三郎は郡山市に代々続く老舗のブティック、つまり洋品店のオーナー。当時30代半ばの民間人。彼が私財を投げうって行ったイベントだった。

   きっかけとなったのが69年にアメリカで行われたウッドストックである。地元のファッション業界の仲間たちとニューヨークに「勉強会」に行った帰りに寄ったハワイで見た「ウッドストック」の映画が彼を変えた。72年のことだ。帰国した彼は地元でミニコミ「ワンステップ」を創刊、ミニFMを開局。若者文化の発信源となって行った。

   郡山ワンステップフェスティバルが、異例とされるのは、そうした成り立ちだけではない。イベント自体にテーマがあったからだ。彼が「ウッドストック」に見たもの、そして、そこから継承しようと思ったこと。それは「未来に向けた若者の力」だった。「ワンステップフェス」にはこんなスローガンが掲げられていた。

   「街に緑を!若者に広場を!そして、大きな夢を!」

   出演者は41組。デビューしたばかりのダウンタウン・ブギウギ・バンド、上田正樹&サウス・トゥ・サウスにキャロル、デビュー前のシュガー・ベイブ、ロンドン帰りの加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンド、人気絶頂だった沢田研二ら、当時のロックバンドのほとんどが集結していたと言って過言ではない。中には頭脳警察のように「スローガンが啓蒙的過ぎて自分たちのロックとは合わない」と出演を拒否したバンドもあった。

タケ×モリ プロフィール

タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーテイスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。

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