2019年 9月 18日 (水)

人口問題を基礎から考える

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■『人口問題の正義論』(編・松元雅和、井上彰 世界思想社)

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   前回の書評で、地球温暖化問題に関する哲学的な議論を取り上げた『気候正義』(宇佐美誠編著)を紹介した(「世界を変える『ものの考え方』―地球温暖化問題の場合」)。今回の『人口問題の正義論』は、この温暖化問題の哲学の基礎論ともいうべき人口問題の哲学についての論文集である。世代間にまたがる長期の問題であることが温暖化問題の他と異なる顕著な特徴である。温暖化問題を論ずる上では、自ずとその基礎に人口問題がおかれる。『人口問題の正義論』の著者の一部が『気候正義』の著者と重複していることには、このような事情がある。

人口問題の問題たる所以

   人口問題の問題たる所以はどこにあるのか。

   第一は時間が過去・現在・未来と一方向に流れるほかないことにある。過去世代・現世代・将来世代の関係は非対称的なものとならざるをえない。未来の人々は現世代の行為の結果を受け止めるしかない。同時に今生きている我々は将来世代を制御できず、未来の人々からの裏切りに無防備である。たとえ我々の世代が大胆な温暖化ガス削減策を実行したところで、次の世代が野放図な政策に回帰してしまうなら、意味がない。

   第二の問題は、未来の人々がいまだ存在せず、しかも、その存在そのものが現在生きている我々の行為に依存していることである。未来の人々は我々の選択次第で、存在したり、存在しなかったりする。この時、温暖化の被害に苦しむ未来の人々は、温暖化対策をした場合には生まれてこなかったはずの人々であるから、我々の行為を責めることができなくなるのではないか。この非同一性問題といわれる、問題を回避するてっとり早い方法は、道徳的評価に際し、個人に着目することを断念することである。温暖化は、(例えば)社会の幸せの総量を(温暖化対策をした場合と比べて)減らすことになるから良くないことであるとするのである。誰にとっても悪いことではないけれども、社会にとっては悪いことであるという功利主義のロジックは、よく考えると、変なロジックではあるものの、目をつぶるのだ。

   ただし、これで問題が解決するわけではない。功利主義には功利主義で「いとわしい結論」などのパラドックスが存在する。幸福の総量を問題にするならば、幸せな百人よりも、ぎりぎりの生活をおくる一万人の方がよいことになるが、それでよいのか。これが問題の第三である。

どのような回答が提出されているのか

   これらの問題に著者たちはどのように答えているのか。特に興味深いのは、第10章の一橋大学の森村教授による論である。この章では、互恵性という概念が世代間問題にどの程度有効性を持つのか検討がなされている。結論は、互恵性は世代間で有効性のすべてを失うわけではないものの、その力は限定的であり、人道的主義的考慮等の他のロジックにも訴えることが必要だというものである。先に説明した通り、世代間関係は非対称的であるから、同一性世代内で関係のような互恵性の成立にはむつかしいものがある。それでも、なんとか互恵性を導きだそうとする思考の過程を追うことはとても面白い。互恵性を成立させようとする議論のひとつとして、『気候正義』で本格的に取り上げられるサミュエル・シェフラーの議論にも触れられている。評者は『気候正義』への評において、シェフラーとヨナスには通底するものがあることを示唆した。シェフラーの議論を互恵性のなかに置く森村教授の論脈からすると、この通底関係を紐解くには丁寧な議論が必要になることがみえてくる。

   もうひとつの論文は、第3章の上智大学の釜賀准教授によるものである。この章は、個人への着目をしない功利主義の骨子を維持しながら、第三の問題として挙げた「いとわしい結論」などの直観に反する事態をいかに回避するかを検討している。この章の読解には多少の算数に付き合うことを要するものの、邦語の文献でこのようなわかりやすい説明が供されているのを評者はみたことがない。本章は功利主義の改良が可能であることを示しているが、次の問題は、直感に適合するよう改良された功利主義がなにを意味しているのか詰めて考えてみることではないか。そもそも我々は直感に適合的な理論を持たねばならないのだろうか。だとすれば、その理由はなにか。

経済官庁 Repugnant Conclusion

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