2024年 4月 23日 (火)

茨木のり子に感銘し読み返す

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■『茨木のり子 自分の感受性くらい』(編:別冊太陽編集部 平凡社)
■『隣の国のことばですもの─茨木のり子と韓国』(著:金智英  筑摩書房)

   政府が国会に提出した法案の条文などにミスが相次いでいることが大きく報じられている。10年近く前に、「知られざる法案作成業務の実態 霞が関の隠れたベストセラーとは」との題で、法案作成の過酷さについて紹介したことがある。いずれにしても、ミスを100%完璧になくすということには、たいへんなコストを要する。局部的な改善だけではなく、法案成立までのプロセス全体を見渡した対策が望まれる。

いろんな人の声を代弁

   詩人の茨木のり子が2006年2月に亡くなって15年になる。評者は、日常、詩とはまったく異なる役所の文章作成に身を沈めているわけだが、2010年11月に出た後藤正治著『清冽 詩人茨木のり子の肖像』(中央公論新社 2014年に文庫版)をたまたま読んで、この詩人の、自分の律し方に深く感銘を受け、おりにふれて、彼女の詩や文章を読み返すことが多くなった。明晰だが真面目な自分をちゃかすかのようなユーモアもいい。

   『教科書に出会った名詩一〇〇』(新潮社 2014年)や『教科書でおぼえた名詩』(文藝春秋 2005年)には、茨木のり子の詩だと「わたしが一番きれいだったとき」と「自分の感受性くらい」が掲載されている。評者もたぶん教科書で学生時代に読んだはずの「わたしが一番きれいだったとき」は、やはり彼女の代表作といっていいと思う。

   「戦後詩のなかで一篇だけあげるとしたら『わたしが一番きれいだったとき』なんです。・・茨木さんはいろんな人の声を代弁してる気がします」(井坂洋子氏と小池昌代氏の対談「宇宙を超える重みと深さ」中の井坂氏の発言。『文藝別冊 茨木のり子』(河出書房新社 2016年))にまったく同意する。

凛とした美しさ

   「清冽」の著者後藤正治氏もこのように指摘する。「<人格的><日向的>であることが、茨木作品に通底する音色だった。それは天賦のものであると同時に、そうであろうとする意志力によって自身を磨いた結果であると私は思う」という。

   残念ながら、現在、『清冽』は版元品切れだが、後藤氏の評伝「凛としてあり続けたひと」が掲載されている「別冊太陽 日本のこころ277 茨木のり子」(平凡社 2019年12月)は新刊で入手可能だ。『わたしが一番きれいだったとき』が掲載されている見開きのページには、彼女21歳(1947年)のお見合い写真が掲載されていて、その凛とした美しさに思わず見入ってしまう人も多いと思う。再録のエッセイ「はたちが敗戦」も味わい深い。

   茨木のり子のロングセラー『詩のこころを読む』(岩波書店 1979年)で「詩との出会いもふしぎなもので、作者はよく知っているのに、その詩とはさっぱり出逢えないということもあり、皆が名作というのに、何にも感じなかったり、やはり詩との出会いも御縁というしかなく、古今東西の名著を全部読めないように、一億の日本人全部と会話することはできないように、特定の縁(えにし)によって愛読書になったり友人になったりするようなものです」と言っているが、まさにそのとおりだ。茨木の『うたの心に生きた人々』(筑摩書房)に接して、山之口獏という沖縄出身の素晴らしい詩人とその詩を知ったことも忘れがたい。

入り口は易しいが奥深い

   茨木のり子は、50歳からハングルを学び、『ハングルへの旅』(朝日新聞社 1986年)や韓国の詩を翻訳した『韓国現代詩選』(花神社 1990年)を出した。

   昨年末に出たのが『隣の国のことばですもの~茨木のり子と韓国』(筑摩書房)である。本の帯には、「なぜハングルを学び、韓国現代詩の紹介に尽力したのか 『倚りかからず』の詩人に新しい光を当てる意欲作」とある。

   著者の金智英(キムジヨン)氏は、本年2月27日付の毎日新聞読書欄に掲載されたインタビューで、「茨木の詩は分かりやすく、入り口は易しいが奥深い。差別や社会の不合理の中で生きる難しさを日常の言葉で、時にユーモアを介して表現するのでメッセージが強く伝わるのです」といっている。

   金氏は、本書で、茨木のり子の詩作のはじまりから考察をはじめているが、彼女の第一詩集『対話』(1955年)について深く読み解いている。そして、茨木の詩人としての特質をまさに「対話」(ダイアローグ)だという。また、茨木の韓国詩の翻訳を検証し、「大胆な省略と日常の言葉」により、「茨木は翻訳作業を通じて、国家や民族を超えた真の対話を目指したのである」とする。

   金氏が茨木についていう素直さと誠実さが、隣人愛となって、隣国韓国への思いにつながり、茨木の詩が、2000年代になって韓国社会でも響くようになってきているという。

「対話」を常に自分に課す

   茨木のベストセラーの詩集『倚りかからず』(筑摩書房 1999年)にある「あのひとの棲む国」は、友人の韓国の詩人を想って詠まれた詩だが、その一節に「雪崩のような報道も ありきたりの統計も/鵜呑みにはしない/じぶんなりの調整が可能である/地球のあちらこちらでこういうことは起こっているだろう/それぞれの硬直した政府なんか置き去りにして/一人と一人のつきあいが/小さなつむじ風となって」とある。

   金氏は、「自己理解から始まる他者理解の実践のために、自分が属しているこの社会をより大きな視野に入れて考えようする際、隣国との関係は欠かせないものである」という考えが茨木にあったとする。

   最近のSNSをめぐる殺伐とした出来事に接するにつけ、後藤正治氏がいう「たとえ立ちすくむことはあったとしても、崩れることはなかった」茨木のり子の、「対話」を常に自分に課した姿勢にますます魅かれている。

経済官庁 AK

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