コロナワクチン陰の主役「ビオンテック」 ファイザーと共同開発、中国とも提携

   ファイザー社やモデルナ社による新型コロナウイルスのワクチン接種が進んでいる。日本では両製品とも、単に「米国製ワクチン」と思われているが、内情は複雑だ。

   ファイザーに関しては独ビオンテック社が深く関わり、トルコやハンガリーがルーツの「移民科学者」が重要な役割を果たしていることが次第に明らかになっている。そこには中国も絡むが、日本は蚊帳の外だ。

新型コロナワクチンをめぐって世界各国が生産・配給・獲得にしのぎを削る
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2週間で設計

   米ファイザー社のワクチンは、独ビオンテック社との共同開発ということになっている。実際に主導したのはビオンテック社のようだ。同社創業者のウール・シャヒン博士と妻のエズレム・テュレジ博士(共同設立者)はともにトルコ系ドイツ人。二人とも医師で最先端医療の研究者だ。

   すでに2020年12月19日の朝日新聞や、21年1月2日号の独Spiegel誌が二人のことを大きく取り上げている。同誌の内容を紹介した「さいたま記念病院」のウェブサイトによると、シャヒン博士はトルコ生まれ、4歳のときに母親と西ドイツに移住し、ケルン大学医学部を卒業した。テュレジ博士は西ドイツで生まれだが、父親はトルコ・イスタンブール出身の外科医。自身はザールラント大学医学部で学んでいる。

   シャヒン博士は2008年ビオンテック社を設立し、遺伝物質の1つ「メッセンジャーRNA」 (mRNA)などを用いたがんの免疫療法を研究していた。20年1月中旬、新型コロナのニュースを聞き、大流行を予想。新型コロナの遺伝子情報が中国から発表されると、直ちにmRNAワクチン作成のアイデアが浮かび、2週間後には20種類(一部情報では10種類)のワクチン候補薬をコンピューター上で設計したという。以後、ビオンテック社の研究者を総動員して実用化に成功した。

   ファイザー社は以前からビオンテック社と関係があったようだ。20年3月の段階でブーラCEO(最高経営責任者)が早々と、ビオンテック社に対し、新型コロナワクチンの世界供給を約束したという。

   テュレジ博士は、欧州がん免疫療法学会の理事長も務めているというから、夫妻は研究者としても広く知られた人のようだ。

ノーベル賞を取るか

   ビオンテック社にはもう一人、著名な「移民科学者」がいる。カタリン・カリコ博士だ。NHKが単独インタビューして5月末、詳細を報じている。

   それによると、ハンガリーで生まれ育ったカリコ氏は大学で生化学の博士号を取得。同国の研究機関で働いていた。しかし、研究資金が打ち切られたことから1985年、夫と娘の3人で米国に渡った。

   ペンシルベニア大学などで「mRNA」の研究をしていたが、苦難の連続。2005年になってようやく、当時の同僚らと、今回のワクチンの開発につながる革新的な研究成果を発表、さらに08年にも追加発表した。

   論文は当時あまり注目されなかったが、ビオンテック社がこの研究の価値に気づき、カリコ博士は2013年に同社に招かれた。19年からは上級副社長を務めている。

   NHKによると、「mRNA」は、体内で炎症反応を引き起こしてしまうため、長年、薬などの材料として使うのは難しいと考えられていた。しかしが、カリコ博士らはmRNAを構成する物質の1つ「ウリジン」を「シュードウリジン」に置き換えると炎症反応が抑えられることを発見。現在、日本で接種が始まっているファイザー=ビオンテックが開発したワクチンとモデルナのワクチンは、ともにこの研究成果による技術を使っているという。

   カリコ博士は、基礎医学の発展に寄与した功績が認められ2020年、ノーベル賞受賞者も多く受賞している米国の医学賞、ローゼンスティール賞を受賞。欧米の研究者などからは、ノーベル賞に値するという声もあがっているそうだ。

中国で製造する合弁事業計画

   主要な新型コロナワクチンは、トルコ系ドイツ人の医学研究者が作ったスタートアップ企業が、ハンガリーから米国に渡った女性研究者の論文に着目し、長年の研究をベースに短期で創成に成功した、ということになる。

   しかし、意外なバイプレーヤーも絡んでいる。中国だ。2020年3月13日、中国の大手製薬会社「上海復星医薬集団」はビオンテック社の5000万ドル分(158万777株)の株式を取得。いち早く、中国本土、香港、マカオ、台湾でビオンテックのmRNAワクチンを独占的に生産・販売する権利を取得していたと報じられている。

   中国はその後もビオンテックとの協力関係を深め、今年5月上旬、上海復星医薬集団が、ビオンテック社のワクチンを中国で製造する中独合弁事業計画が発表された。生産能力は年10億回分に達するという。

   台湾の蔡英文総統は5月末、台湾がビオンテック社から新型コロナウイルスワクチンを購入するのを中国が妨害していると名指しで非難した。日本は英アストラゼネカ製のワクチンを供給することで台湾を支援、感謝されているが、中国は新型コロナ発生直後にビオンテック社に接近、両社間にはすでに強固なパートナー関係が出来上がっていることがうかがえる。

今や「戦略物資」に

   今や新型コロナワクチンは単なる医薬品というだけでなく、世界各国が生産・配給・獲得にしのぎを削る「戦略物資」「政治案件」ともなっている。

   中国は自国ですでに3種のワクチンを開発・使用しているといわれるが、そのうちの一つ、中国国営企業シノファーム(医薬集団総公司)のワクチンが5月上旬、世界保健機関(WHO)から承認された。欧米以外で開発されたものでは初の承認だ。しかし、技術的には、ビオンテック社製が進んでいるといわれている。それだけに中国は早くからビオンテック社に注目し、協力体制を構築したと思われる。

   NHKによると、カリコ博士にローゼンスティール賞を与えた米国委員会の代表は、mRNAワクチンの開発は、ウイルスとの闘いを根本から変える驚異的な成果で、「今後はこの技術を使って多くのワクチンが迅速に作り出されるだろう」と評価しているという。

   外電によると、ビオンテック社を率いるシャヒン博士は、「新型コロナウイルスは最悪のウイルスではない」とも語っている。「将来のパンデミックの方がさらにずっと強い威力を持つ可能性があり、それに備えるのが最も重要なことだ」と強調、「製薬会社と諸国の政府は、ワクチン開発後、全世界の人々に3か月以内にワクチンを接種させる製造キャパシティの確保を目指さなければならない」と語っている。

   新たに強力なウイルスが登場するたびに、ビオンテック社の技術が活用されることになる可能性がある。中国企業がビオンテック社の株を保有しているということは、詳しい契約内容はわからないが、同社系ワクチンが世界で使われれば使われるほど、中国に収益の一部がリターンするのではないかということも推測できる。コロナの発生源が中国だということを考えると、割り切れない思いの人も少なくないのではないだろうか。

   日本は今のところ、こうしたワクチンの開発・製造・供給に関する国際的なネットワークの中枢部には入り込めていないようだ。

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