がんは「敵」か「教師」か

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   女子フィギュアスケ-ト選手、井上怜奈(31)の半生は<波乱万丈>である。10代のころは順調で、日本代表としてオリンピックにも2回出場した。が、20才のときに父が肺がんで倒れる。享年46。「父を亡くしたときほど多くを失ったことはない。多くを学んだこともない」と彼女は語っている。「いま元気に一生懸命、生きていても、行きつく先はここだと思わせられた。ゴールに向かってどうすればいいか考えさせられた」。

   翌年、やはりフィギュアの道を歩もうとアメリカに渡るが、自身も父と同じがんにかかる。肺切除による肺活量の減少が競技生活に影響することを恐れた彼女は、抗がん剤と放射線による治療を選ぶ。この選択が成功し、やがてリンクに戻るが、練習中に頭から転落、頭蓋骨骨折で重体に陥る。だが、再度の危機も乗りこえ、ようやく復帰する。このときも含めて渡米以降、支えてくれたのが、現在のパートナーである、ジョン・ボールドウィンだ。

   ことし2008年1月に行われた全米選手権の演技終了後、ボールドウィンがリンク上にひざまずいてプロポーズし、彼女がそれを受け入れたシーンは記憶に新しい。

   「あの若さで父をがんで失い、そのうえ自分もがんになる。抗がん剤を打ちながら競技を続ける。あんなすごい人はほかにいない」と、公私をともにするパートナーは言った。

「いまこの瞬間は生きている」

   ここから番組は、感動的なパートに入る。「がんに負けず、何ひとつあきらめないで自分らしく生きてきた」井上の姿に励まされて、がんと共生する人びとの生活を紹介して行く。

   36才の眼科医は、自分のブログに井上のことばを引用する。「がんになっても、いまこの瞬間は生きている。たくさんの楽しいことがあるように、たくさんの幸せがあるように」。  彼は毎年のように再発を繰り返し、この2月にも4回目の手術を受けた。退院後は、毎日、患者を診察し、毎週3人の手術を行っているという。

   「当たり前に仕事して、子どもの入学式があればそれに行き、週末は遊ぶ。ふつうの人のように過ごすことが幸せかなと思う」と、せき込みながら話す。取材した日、「うれしいことがありました」とナレーションが入る。生後5か月の長男に歯が生えてきたのだ。奥さんが抱く赤ちゃんを覗きこんだ彼は、「おおすげえ」と呟く。ささやかな日常のなかの喜びが伝わってくる場面だ。

生活を支配されないこと

   ラストは、国谷裕子キャスターが、医師の鎌田實とフリーライターの山口雅子に聞く。自らが乳がんになって半年後、夫を食道がんで亡くした山口は言う。「6か月間、濃密な時間を過ごせた。一日一日、今というときを大切に生きることが大事だと教わった」。

   鎌田医師は、「がんに負けないことが大事。負けないというのは、がんに生活を支配されないこと。希望を持ち続けながら、毎日の営みをきちんとやる。井上さんは、その結果、がんに打ち勝って幸せに近づいている気がする」と結んだ。

   国谷キャスターによると、142万人(厚労省推定)が継続的にがんと闘っているそうだ。井上怜奈の場合は奇跡的にうまく行ったケースではないだろうか。彼女が現在、どんながん治療法をしているのか、どんなチェックをしているのか、について触れてほしかった。

アレマ

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