「丁寧に生きる」とは 恋愛処女の悩み

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   最近、本当に男の人のことがわからない。

   その場では優しく振舞っていても、その後、どうしてそれほど冷たくなれるのかと思うほど、態度がコロっと変わる。人としてそれはどうなの? と怒りながら、そして私は思う。「あぁ、またこの手か」。

   一時は白馬にのった騎士かと思うほど、紳士的で王女様のように私を扱ってくれるのに、しばらく経つと、私は空気か透明人間にでもなった気分になる。

   まるで、2人はそもそも知り合わなかったように。

   なぜ、いつもこんなことになってしまうんだろう。私が欲しいと思う男の人には、ここのところ、ことごとく逃げられている。

   そんなとき、ある本を読んだ。

   城山三郎著「そうか、もう君はいないのか」

   1組の夫婦の出会い、そして死という別れがくるまでを丁寧に描いた作品だ。

   こんなように自分を愛してくれる人がいたならば。いや、私はこれほど人を愛したことがあるのか……?

   ここのところ、どうも私は感傷的になりがちなのかもしれない。続くことのない恋愛に依存したがっている。そして、現実から目を背け、学習しようとしない。そんな状態になっている気がする。

   ところでこの本は、たまたま見た番組で、私がとても好きな女性が紹介していたものだった。彼女とは何度かお仕事をしたことがあり、面識もあったので、読んでみたくなった。何より、彼女の紹介の仕方がこれまたとても素敵だったのだ。

   そして、手に取り読んだ私の感想は、私は恋愛処女だということ。感動しロマンティックな気分になったのだが、私は恋愛処女なんだと、気づいて呆然とした。

   そのことを彼女にメールで伝えると、こんな返信が返ってきた。

「あんな愛いいよね。
勉強になります。
丁寧に生きなくてはね」

   丁寧に生きる。恥ずかしながら、考えたこともなかったことだった。

   読むべくして読んだ本だったのかもしれない。

   本から受けた印象よりも、彼女が教えてくれた『丁寧に生きる』という言葉。

   今は、その言葉の意味を考えている。

踊るオサムン
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