野茂が涙した時 引退決定

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   <テレビウォッチ> 野茂英雄がとうとう引退を決めた。「悔いが残る。まだ気持ちはあるが、まわりに迷惑をかけるだけ」。いかにも野茂らしい。ぶっきらぼうな口調が聞こえてくるようだ。

ありがとうございました

   小倉智昭がいう。「日本にいるときから好きなピッチャーでしたが、わたしの番組で中継が入って、ピッチャーが投げるところだけってのは聞いたことがなかった」

   その通り。「きょう野茂が登板しました」というだけでニュースだった。時差の関係で、朝の番組でちょこっと流れる「トルネード」。スタンドに並ぶ「K」「K」「K」のカード……そもそも大リーグの映像が流れることなんか滅多になかったものだ。

   何よりも輝かしい戦歴。1989年ドラフト1位で近鉄入団。4年連続最多勝と奪三振王。95年冷たい声もある中、ドジャースに入団。「トルネード旋風」でオールスター先発、新人王、奪三振王。

   96年と2001年(レッドソックス)の2度のノーヒットノーラン。両リーグでの達成は史上4人目。大リーグでは123勝109敗、日米通算では201勝155敗1セーブ。奪三振は計3122で、日本のランクでは4位になる。が、1918は大リーグであげたものだ。

   「メジャーだからね」と小倉。

   ドジャース入団の前年、大リーグはストがあって人気が低迷していた。野茂のトルネードがそれに活を入れた。当時のクリントン大統領は「野茂は日本の最高の輸出品」といったものだった。

   だが、野茂野球の後半は故障との戦いだった。05年からはマイナーに落ち、07年のベネズエラリーグをへて今年、ロイヤルズから3年ぶりにメジャーのマウンドに立ったが、昔日の力を発揮できずに自由契約。足の負傷から引退に至った。

   田中大貴は「最後まで現役とアメリカとトルネードにこだわっていた」という。4月マイナー行きが決まったとき、涙をためていたといわれる。

   「それを聞くと、あの大物が……と思いますね」と小倉。

   諸星裕は、「彼の美学なんでしょうね。大リーグの人は辞めるときはすっとやめる。マイナーは違うところだと知っているから」

   友近は、「日本人でも大リーグで通用するんだと知らしめた人。イメージ的にホントの野球の職人さんという感じがする」

   小倉は「身体に負担のかかる投げ方だったのかな。野茂投手の名前は忘れません。ホントにお疲れさまでした。ありがとうございました」と結んだ。

   日本中が同じ思いだろう。ありがとう、野茂。

文   ヤンヤン | 似顔絵 池田マコト
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