2024年 4月 26日 (金)

週朝連載「酒井法子を擁護する!」 覚醒剤事件「憎むべき」存在とは

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   ワイドショーと週刊誌は、酒井法子特需がまだまだ続いている。今月28日まで勾留が延長され、毛髪検査では覚醒剤の陽性反応が検出されたという。だが微量のため、時期の特定などは難しいようだ。彼女の部屋から発見された覚醒剤もごくごく微量。これで起訴できるのか。

   そうした取り調べとは別に、週刊誌では、酒井容疑者「推定有罪」報道が氾濫している。

   先鞭を付けたのは先週紹介した現代である。6ページの大特集を組み、のりピーはクスリ漬けだったと断定する。

文春「逃亡劇の全真相」

   夫の高相は、取り調べに対して、妻も4年ぐらい前からやっていたと供述しているのに、のりピーは、今年になってから数回と、食い違っている。夫婦だったら、妻を守るのが夫の役目だと思うのだが、この夫婦の「常識」は違うようだ。といって、周りの人間の証言では、夫婦仲は良かったというのだから、なおさら不思議である。

   こうした事件が起きると、プライバシーを暴き立てるのは週刊誌の習性だが、38歳にもなる酒井容疑者の「出生の秘密」をいまさら書き立てることに何の大義名分があるのかわからない。たしかに、父親は山口組系列の組長だったが、のりピーが芸能界にデビューする頃引退して、山梨で金融業を営んでいたようだし、だいぶ前に交通事故で死亡しているのだ。

   父親が再婚した奥さんは「中州のホステス」(朝日)出身だったが、夫の死後、杉並区内で暮らし始め、会社を経営しながら娘のバックアップをしていたようだ。この女性が今回、のりピーと一緒に逃亡していた女性であろうと朝日は推測している。

   今回の大きな謎は、なぜのりピーが、夫が逮捕された現場から逃亡して6日間も姿をくらましていたのかだが、それは、有名弁護士事務所の指示によるものだというのだ。

   文春は、のりピー6日間の逃避行全容を掴んだと書いている。彼女の逃走の目的はズバリ「シャブ抜きのため」だとする。酒井は、渋谷からいったん青山のマンションに戻り、大きなバッグを持って深夜の街へ消えた。

   朝方、歌舞伎町の量販店(ドン・キホーテ)で下着や洗面道具、焼きそばなどを買い込み、昼頃には、「社長」と呼んでいる人間と合流して山梨県の身延に向かって、そこで1夜を過ごしている。

   その後、「社長」の弟が所有する東大和市市内の7階建てマンションの最上階に入り、ここに2泊して、箱根にも2日いたという。

   この「社長」は、中野区内で建築、解体業を営んでいる人物だそうだ。そして、この逃避行の計画を立案し、指示を出した「黒幕」と見られている人物が、「社長」の兄「みやび法律事務所」(港区)の所長だった元弁護士、富永義政氏(75)であると、文春その他の週刊誌も書いている。

   この富永氏は「イトマン事件の許永中や伊藤寿永光、茨城カントリークラブ事件の水野健、その他多くの経済事件の主役とも親交を持つ『いわくつき』の弁護士でもある」(ベテラン弁護士)

   「社長」、元弁護士と酒井の結びつきは、継母を介してだという。しかし、麻薬使用を疑われる人物を引き連れて逃げ回り、逃亡を幇助したならば、犯人隠匿罪に問われないのだろうか。

取り調べは粛々と

   6日間の逃亡の末、出頭してきた酒井容疑者の尿からは薬物反応は出なかった。

   新潮は捜査関係者の話としてこう書いている。「歌舞伎町には、表向きは『ニンニク注射をやる店』といった看板を出しながら、実際は『クスリ抜き』を行っている闇業者があることが確認されています」

   このクスリ抜きというのは、点滴で、ドラッグの成分を中和させる薬剤を身体に入れるのだそうだ。

   文春には、コカインが切れて禁断症状が出ている酒井容疑者を見たという男の話が出ている。

   ほとんどの週刊誌から「有罪判決」を下された酒井容疑者だが、たった1人、「アイドル評論家」の中森明夫氏は「アタシジャーナル」(朝日)で「酒井法子を擁護する!」と、孤独な闘争宣言をしている。

「当然、高相法子は一市民として司法の裁きを受けなければならない。だが、それでも私はアイドル酒井法子を擁護する! 彼女の過去の偉大な業績に対する評価を変えない。のりピーが袋叩きに遭うなら、せめてその数発は自分が食らっても仕方ない。それが長くアイドル業界でメシを食ってきた私の仁義だと思っている」
 

   私も、高相夫妻の取り調べは、粛々と行われるべきだと思う。メディアのバカ騒ぎや、それが作り出す世論に左右されてはいけない。しかし、覚醒剤使用で有罪になった芸能人の再犯率は7割(一般人は4割)を超えているそうだ。酒井容疑者が起訴され、有罪になれば、本当に苦しむのは、出所後であろう。彼女を「落ちた偶像」とバッシングするのは簡単なことだが、本当に憎むべきは、覚醒剤を売りさばいて儲けている「人間の皮をかぶった獣たち」だということを忘れてはいけない。


元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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