楽屋の故円楽師匠 「つらいな~」と言った瞬間

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<テレビウォッチ>落語家の三遊亭円楽師匠が肺がんのために亡くなった。76歳。

   時代が変わってテレビで落語を見る機会が少なくなった。その数少ない番組が、師匠が23年間司会をつとめた日本テレビの毎週日曜日夕方の『笑点』。今朝(11月2日)の『スッキリ!』が特集した。

繊細さを

   円楽師匠の闘病生活が始まったのは2000年。腎不全を患い、週3回人工透析を受けるようになったのが始まりだった。

   01年には脳梗塞の兆しが起きる。この年の2月の笑点で、まだ時間があるのに「この辺で笑点お開き、また来週のお楽しみ」とやってしまった。

   「もう1問あるよ」のメンバーの声に気付いて「と思ったのは早とちり」と、その場を無事に終えたが……05年10月に脳梗塞で入院、初めて笑点の司会を休んだ。

   06年5月には司会を降板。07年2月には高座からも引退を。

   最後の高座になったのは2月25日の国立名人会。脳梗塞の影響で落語家の命である「ことば」がでてこなかった。

   高座が終わった後、しばらくその場にしゃがみ込んだまま。楽屋で「つらいな~」の一言。引退を決意した瞬間だった。

   しかし、新たな病魔が。07年11月胃ガンが見つかり摘出手術を。早期発見で胃ガンの手術は成功したものの、昨08年には肺ガンが見つかって再び手術。

   達観していたのか「もう落語家やめちゃったんですから、肺ガンの手術の心配なんてサラサラないですよ」と語っていたが……

   笑点のメンバー、桂歌丸師匠は「正直な気持ちひとつの落語のお手本がなくなっちゃったことですよね。とくに人情話のお手本が……寂しい」。

橘家円蔵師匠は「天国っておれ行ったことないから知らないが、天国行って『ブッワハハハ』って、星の王子様と言ってんじゃないかな」。

   スタジオでは、コラムニストの勝谷誠彦が「豪快な笑いのウラに繊細さを持っていた」、テリー伊藤も「ホッとする優しさを持っていた人でしたね」と。

   笑点の司会を降りて4年、高座を引退して3年が経っていたが、それでも昔からの固有の文化を伝える師匠がいなくなったのは寂しい。

文   モンブラン | 似顔絵 池田マコト
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