「親が誰なのか知らない」孤児院育ちCoCo壱番屋創業者の壮絶半生

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「戸籍上は石川県生まれですが、両親が誰なのかわかりません。兵庫の孤児院で育ち、3歳の時に雑貨商を営む夫婦に引き取られました。ところが養父がギャンブル(競輪)にはまって財産をなくし、夜逃げするように岡山に移ったんです」

   こう語るのは、名古屋から生まれた「カレーハウスCoCo壱番屋」の創業者・宗次徳二(63歳)である。「壱番屋」は国内に1229店舗を展開し売り上げは721億円になる。彼の半生は壮絶である。電気も水道もない生活が何年も続いた。泣いている暇もなく、学校から帰ると養父の帰りを待ちながら、ローソクの灯りで掃除や炊事をするのが仕事だった。だが、そんな養父だが、嫌いにはならなかったという。

「大好きでした。年に一度だけ、職安でもらう年末一時金で私の大好きなリンゴを二つ、お土産に買ってきてくれる。あのリンゴの味は格別でした」

   宗次はほぼ毎日、名古屋・栄の街を早朝掃除する。「お金を自分のために使うのは恥ずかしくてできない」という。時計は9800円、シャツは980円で、自宅は接待用に少し大きなものを建てたのだが、「それも恥ずかしいこと」だと話す。

   「週刊現代」がぶち抜き10ページの大特集「2012年版『全国長者番付』を実名公開する」で、47都道府県の大金持ちをリストアップし、何人かにインタビューしている。

   私が週刊誌の現場にいた頃、たしか5月1日だったと思うが、高額納税者、いわゆる長者番付というのが発表になった。国税庁から新聞には1週間ぐらい前に名簿が手渡される。その名簿を親しい新聞記者から流してもらって、こちらも取材を始める。中でも売り物は芸能人やスポーツ選手の番付であった。作家・文化人というのも人気があった。これがゴールデンウイーク合併号の売り物だったが、毎回トラブルになった。それは5月1日前に雑誌が発売されるためで、国税庁からはもちろんのこと、新聞社も資料を流した犯人捜しに躍起になったが、われわれは知らぬ存ぜぬで押し通した。それが2005年を最後に発表が中止されてしまったのである。

   「当初の目的であった『第三者のチェックによる脱税牽制効果』の意義が薄れているという指摘があることや、政府による犯罪の助長になってしまっていること、2005年4月1日から個人情報保護法が全面施行されたことを受け、この制度は06年(2005年度分)から廃止された」(ウィキペディアより)

都道府県府大金持ち―北海道・ニトリ、長崎・ジャパネットたかた

   久々に週刊現代が独自に取材して「長者番付」を作成した。総資産ではユニクロの柳井正社長が約8800億円でぶっちぎり1位。2位にサントリー創業家の鳥井信宏(兵庫)が約6500億円、愛媛の今治造船会長・檜垣俊幸が約3000億円、4位にアパホテル創業者の元谷外志雄と続く。

   都道府県別では、北海道は総合家具チェーン「ニトリ」の似鳥昭雄社長(68歳)。個人の総資産は約970億円、年収は約1億2000万円。似鳥はこういっている。

「お金が欲しいとかお金を儲けたいと考えて仕事をしていませんからね。なぜなら会社でも個人でも『儲けたい』と思って商売すると、それは必ずお客様に伝わるんです。(中略)何よりもお客様に得をしてもらうことを優先する。品質が価格を上回った時、そこに初めてバリューが生まれると私は考えます」

   似鳥社長は08年のリーマンショックを予見し、それに先がけて値下げを断行して躍進した。

   岩手県では盛岡冷麺を全国区にした「ぴょんぴょん舎」のオーナー邉龍雄(ぴょんよんうん)社長で総資産は約10億円、年収は約2000万円。彼は在日二世で、父親はクズ鉄屋で生計を立てていた。高校時代までは「朝鮮人」といじめられ続けたそうだが、そんな彼を励まし助けたのも岩手の人だったと語る。千葉で年収約3億6000万円で全国6位に入った銀座ステファニー化粧品の創業者・一家明成は、こう経営哲学を語っている。

「お客様からの電話の対応が極めて重要ですから、独自のトークマニュアルを作りました。電話だから見えないと思いがちですが、受ける社員が足を組んでいたり、煙草を吸っていたりしたら、お客様にはすぐわかる。本当の誠意とは何かを、ウチの社員には叩き込みました」

   一家は会社が完全に軌道に乗った05年にあっさり娘に会社を譲り、娘に子供が生まれて社長業が困難になると、韓国のLGグループに株を売却してしまった。

   先の「壱番屋」の宗次の対極にあるのが徳島のタカガワグループ創業者の高川晶(63歳)だ。学校法人やゴルフ場、医療・介護施設と幅広く事業を展開している。本人がこう語る。

「トップには『この人じゃないと任せられない』と思わせる圧倒的なオーラが必要です。そのためには人間の本能の部分でも憧れの存在であるべき。大企業の経営者でも服にこだわらない方もいますが、私はそうは思わない。腕時計でも車でも、少なくとも社員よりリッチでなければならない」

   彼は南フランスの城を模したゲストハウスも建てている。その他にも、29歳の時、事業で騙され4000万円の借金を抱えてアメリカに飛んだのが縁で、インディアンが身につけていたターコイズブルーを知り魅せられて、ビジネスへとつなげた九州・福岡の「STONE MARKET」社長の中村泰二郎。長崎には「ジャパネットたかた」の創業者・高田明(63歳)。熊本には「再春館製薬」会長の西川通子(68歳)がいる。バブルの頃、長者番付の上位には相続した土地を売った「土地成金」が占めることが多かったが、今はそうした人物はほとんどいないようだ。沖縄県で米軍嘉手納基地内に100万坪を超える土地を所有し、そこから毎年20億円は下らないといわれる莫大な地料収入を得ている竹野一郎沖縄土地住宅会長(71歳)が、土地がらみで目につくぐらいである。

「年収別幸せ実感度」年収300万円台は家庭円満

   これとは対照的な特集をプレジデントがやっている。年収別「幸せ実感」調査1000人の本音「年収300万父さんは、なぜ幸せなのか」がそれである。あなたの幸福度は100点満点で何点ですかという問いに対して、年収300万円台は62・8で年収1500万円の74・6に比べると低いが、300万円台は家族の団らんを大切にして、家庭円満が多いと出ている。1500万円台以上の2割が家族との会話がないというのだ。日本の大金持ちの家庭はどうなっているのか?調べていくとおもしろい「現実」が出てくるのではないか。ぜひそれも現代にやってもらいたいものだ。

貴乃花お前もか!ボコボコに殴られ弟子脱走

   さて、相撲界の不祥事を追及してきた新潮が、またまた超ド級の告発をしてくれた。「弟子を殴って殴って殴る『貴乃花親方』の日常」。このタイトルもすごい。貴乃花といえば不祥事続きの角界の中で、唯一といってもいい希望の星である。それが、貴乃花お前もかといわざるをえない「事件」が起きているというのだ。春場所直前の2月に前途有望だといわれていた弟子が脱走してしまう。彼がこう話す。

「1月の初場所で、僕は頑張って頑張って勝ち越しできた。2年前に16歳で入門して以来、初めての勝ち越しでした。もちろん嬉しかったし、親方も喜んでくれると思ってました。それで部屋に帰ってから親方に報告行くと、いきなり『なんで先輩よりも先に報告に来るんだ!』と怒鳴りつけられ、腹を5、6発、拳骨で力任せにボコボコ殴られた。それで腹を庇うと、今度は顔面もボコボコ。もうこれ以上、親方の暴力には耐えられない。実は、これまでもずっと日常的にそんな暴力を受けていて、しかもその理由がまったく分からない」

   このままでは危ないと思い部屋を飛び出したというのである。決心を促したのはもう一つあった。中学3年生の弟が来年、貴乃花部屋へ入門する予定だったので、それを止めるためもあったのだ。新潮によれば、貴乃花部屋では親方による暴行は10人少々の弟子たちに対し、ほぼ満遍なく行われていたという。貴乃花部屋は先代の二子山親方時代から鉄拳制裁が部屋の伝統という環境にあったといわれるが、今の時代、問答無用の暴力で弟子が居着くはずがない。それにしても異常に激やせした貴乃花が、薄ら笑いを浮かべながら弟子を殴るのはホラー映画のように怖い。

週刊ポスト新ノンフィクション―期待させる「笹川一族」「特捜検察」

   「週刊ポスト」はノンフィクションの新連載を2本始めた。高山文彦の「『宿命の子』笹川一族の神話と真実」と、青木理の「『狂った牙』最強権力ー特捜検察の盛衰」だ。佐野眞一の創価学会を描いた「化城の人」とノンフィクションが3本になるが、週刊誌としては思い切ったやり方である。

   連載小説はもちろん、ノンフィクションを何本も掲載すると流動ページが少なくなるため、編集長はあまりやりたがらない。だが、飯田編集長はポストをノンフィクションを単行本にするための受け皿にしようと決めたのであろう。ノンフィクションを載せる雑誌がほとんどなくなっているため、ノンフィクション・ライターにとってはありがたいことである。何とか持続してもらいたいものである。

   そのポストが、山口百恵やアグネス・ラムなどのアイドルを登場させて一世を風靡した雑誌「GORO」を特集している。カラーグラビアと坪内祐三の文章で、雑誌が輝いていた時代を再現してくれている。グラビアに登場するのは、若き日の宮沢りえ、西田ひかる、浅野ゆう子、浅野温子、森下愛、手塚さとみ、川島なお美、石田ひかり、紺野美紗子などなど。袋とじでは、小池一夫と叶精作の劇画「実験人形オスカー」を復刻している。といってもほんのさわりだけであるが。

   坪内によれば、「GORO」が創刊されたのは74年(昭和49年)6月。中でも篠山紀信の「激写」が評判を呼び、アグネスはグラビアアイドルとして超人気者になった。だが、この雑誌の魅力は読み物ページにあったという。山口瞳の「礼儀作法」、安岡章太郎の「新アメリカ感情旅行」、丸山健二の「告白的肉体論」など。インタビューは沢木耕太郎や海老沢泰久、山際淳司、河村季里が担当した。河村がインタビューした女優・関根恵子は大きな話題を呼んだ。「小学校4年生の処女喪失が、私のすべての原点だったんです」と衝撃的なタイトルが付けられていた。

   私はすでに編集者になっていたし、「GORO」世代ではなかったが、この雑誌の輝きは知っている。「GORO」は18年続いて91年12月で休刊する。私の学生時代の愛読書は「平凡パンチ」「週刊少年マガジン」「朝日ジャーナル」。ときど「世界」や「中央公論」。そんな雑誌を自分でつくってみたくて出版社へ入った。いま一度雑誌が輝く時代を見てみたいと思うのだ、ない物ねだりか。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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