通り魔殺人・磯飛京三「犯罪人生」サッカー少年、真面目な内装工の転落

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   ためらう様子もなく執拗に2人をめった刺しにした大阪無差別殺人事件の磯飛京三容疑者(36)は、「住む家もない、仕事もない。自殺をしようとしたが死にきれなかった。人を刺して殺してしまえば死刑になると思った」と供述しているというが、所詮は口から出まかせだろう。

   警察が調べたところ、知人宅に1泊した翌朝、犯行現場近くの百貨店で包丁を購入してわずか20分後に犯行に及んでおり、自殺を試みたような状況は確認されない。また磯飛の体には傷などもないという。

材木商の裕福な家庭。父母の死後は刑務所出たり入ったり

   磯飛はどういう男なのか。栃木県出身で父親は材木商を営む裕福な家庭に生まれた。小学校時代はサッカークラブに所属するサッカー少年で、「挨拶のできるいい少年だった」という。転機が訪れたのは母の死。父親が男手一つで3人の男兄弟を育てたが、その父親も磯飛が中学を卒業する前に亡くなった。そのころからグレだしたのか、高校に進学したものの中退、地元の暴走族に入り総長(リーダー)になった。

まじめだった男が…

   17歳のとき県内の内装会社に就職してから仕事は一生懸命やったようだ。内装会社の関係者によると、「角が立つようなこともないし、いい若い衆だった。器用で呑み込みは早いし、天井張りの作業も普通は5、6年かかるのが、1、2年でやれるようになった」という。しかし、20歳直前で会社にこなくなり、そのうち「警察に捕まった」というウワサを聞いたという。あとは、刑務所に出たり入ったりだ。今回も覚せい剤取締法違反で捕まり、5月下旬に新潟刑務所を満期出所したばかりだった。

「誰でもよかった」無差別殺人 この10年で67件

   キャスターの小倉智昭「裕福な家庭に生まれ、まじめに仕事をしていた男が何でこんな転落人生になってしまったのか。それにしても『自殺をしたかった』『死刑になりたかった』というのをよく聞くね」

   「誰でもよかった」という納得のいかない動機で無関係な人を殺傷した通り魔事件は増えている。過去10年の間に、1999年の山口・下関通り魔事件(5人死亡10人重軽傷)、08年の茨城・土浦連続殺傷事件(2人死亡7人重軽傷)、08年の東京・秋葉原無差別殺傷事件(7人死亡10人重軽傷)など、計67件も起きている。

文   モンブラン | 似顔絵 池田マコト
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