「18歳の思いのままで生きていたい」まっぴらゴメン!ふらり母校に立ち寄って甦った記憶

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   その昔、ブライアン・アダムスはこう歌っていた。

「18 till I die」

   死ぬまで18歳。ずっと18歳の頃の熱い気持ちのまま突き進んで生きていきたいというような内容の歌だったと思う。私がこの曲をリアルタイムで聞いたのは16~17歳だった頃で、んなバカな、死ぬまで18歳なんてそんなの絶対嫌だと思った。それは今でも変わらない。

   恋愛だってまだまだしたいし、お酒もたばこもダメな18歳なんかの気持ちで生きていたいなんてどう考えたって無理でしょ。そう思うのには、高校時代があまり面白くなかったのがるかもしれない。どちらかと言うと、あの3年間はいつも耐えていた。友達や先生の目を気にし、ひたすら大学進学のために勉強していたような記憶がある。別に模範生徒でもなかったのだけど、学校全体にそんな空気が流れていた。

冷たく暗い要塞のような印象の校内がいまは懐かしい

   とりたていい思い出もない母校にフラリと訪ねてみることにした。ある番組の取材でたまたま15年ぶりにやってきた街だった。仕事が早く終わって、新幹線の発車時刻まで時間つぶしぐらいにはなるだろうと、軽い気持ちで街を歩き始めた。転校生だったので高校時代を過ごしたこの地に実家があるわけでなく、本当に久しぶりに歩いた街はこんなにさびれた田舎だったっけという印象だった。

   そして、駅に向かう生徒たちの制服は、間違いなく母校の県立高校の生徒たちだった。都内ではめったにお見かけしない、すれておらず、年の割には幼い印象の垢抜けない子供たちばかりが歩いている。私たちの頃はもう少し派手な子もいたのに、生徒層が変わったのか。

   手続きを済ませ、少々ドキドキしながら校内に入ると、コンクリートの建物ってエアコンを使わないとここまで冷え込むんだなというぐらい冷え冷えとしている。当時から思っていた、冷たく暗い要塞のような印象の校内が少し懐かしい。すれ違う生徒の誰もが、「こんにちは」と挨拶をしてくれることに戸惑いながら、かつて学んだ教室へと向かう。それにしても、来客に対してこんなに挨拶をしっかりしろと言われたことはない。教育方針が少し変わったんだろうか。そう思いながらも教室へ入ってみると、そこは特別自習室という名前になっていた。

昔の記憶はそのままとっておく方がいいかもしれないな

   そして、職員室へ。教わった先生の名前すら覚えていないのに、学校がどう変わったのか、そして生徒たちについても知りたいので勇気を持って扉を開けた。やっぱり覚えている顔の先生はいない。近くにいたジャージ姿の真っ黒に日焼けして怖そうな、どうみても体育教師の方に話を聞いてみることにした。突然訪問した見知らぬOGに丁寧に教えていただき感謝。

   先生の話は時の流れを感じさせた。まず、1学年11クラスだった生徒数は今は8クラスにまで減少して空き教室が増えたこと。学区撤廃で偏差値が落ちたこと。毎年数人は現役東大合格者がいたのだが、今はなんとか頑張って国公立かMARCHを目指そうというレベルらしい。当時は国公立に行かなければダメな生徒という意識が伝統としてあった。地方の県立高校では国公立の大学こそが優秀で、私大はその次。毎年張り出される大学別合格者の名前も、国立、県立、私立の順番になっていた。違いぶりに驚いていると、優秀な生徒は2つ隣の駅にある県立高校に通うのだと強面の先生が教えてくれた。ちょっと知りたくない事実だった。

   死ぬまで18歳の気持ちでいたくない。そして18歳の頃の記憶はそのままにとっておくほうがいいこともある。そんな気持ちに駆られた母校訪問だった。

モジョっこ

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