<世界の果ての通学路>
学校にはボクらの未来があるんだ!安っぽい同情などいらぬ辺境の子供たち 健気な通学風景

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   ケニア、アルゼンチン、モロッコ、インド。辺境の村に住む彼らにとって、「学校に行く」ことは特別な意味を持っている。石ころだらけの山道、象やキリンが出現する原っぱ、お手製車いすに乗せた兄を引っ張り、ようようたどりつく。未開の地の数時間の道のりに、年端のいかない子供を放り出す。心配は尽きないが、子供たちは信じている。教育が彼ら自身の未来を切り開くと。

妹を後ろに乗せて馬で12キロの山道通うアルゼンチンの少年

(C)2013 - Winds - Ymagis - Herodiade
(C)2013 - Winds - Ymagis - Herodiade

   片道4時間、通学中に野生動物に襲われて命を落とす子どももいる過酷な日常を丹念に追ったドキュメンタリーだ。しかし、ドラマティックな苦難を強調する描写はなく、そこがいい。映像の前の私たちが「かわいそう」「偉い」などと安っぽい同情をまき散らすのは失礼に当たるんじゃないか。そう感じさせるくらい、穏やかな日常の気配が全編を通して漂う。

   朝起きたら、湿地を掘って飲み水を確保する。その水で洗濯を済ませ、制服を洗う。ご飯を食べ、十分に安全に気を付けるように両親から気遣われ、とことこと歩き出す。

   アルゼンチンの少年は馬に乗って12キロの道のりを往復する。背中には幼い妹がつかまっている。馬が歩みを止めれば、降りて蹄から石ころを取り出してやる。ちっとも平坦じゃない道のりを、彼は淡々とこなしていく。兄が馬の手入れに鞍から降りるたび、妹は尋ねる。

「ねえ、私が前に座ってもいい?」

   お母さんに怒られるとすげなく断る兄だが、何度でもそう尋ねる妹に根負けして、ついに馬を降り、自分が馬を先導しながら妹に手綱を握らせてやる。全く環境は違うが、ふとわが身の思い出がよみがえる。いじらしく上の子にまとわりつく下の子ども。両親に隠れて、自分にお菓子やゲームをせがむ兄弟の姿。過酷で縁遠いものだと思っていた彼らの日常と、かつての自分の日常がリンクする瞬間、確かに私は彼らの日常を受け入れ、シンプルな気持ちで祈りたくなる。どうか、無事に学校に着きますように。彼らが命がけで手にしようとしている教育が、彼らの未来を切り開きますように。

手製の車いすのインド少年「障害があるのに貧乏なのに教育を受けさせてもらえる幸せ」

   ケニアの6歳の少女は11歳の兄の小走りに着いていくのに必死だ。だが、象の襲撃から妹を守らねばならない兄だって、やっぱり必死だ。妹が転べば一緒に休んでやり、元気がなさそうであれば果物を採ってむいてやる。

   インドの少年は先天的な障害で歩けない。彼の足となるのは幼い弟たちだ。車輪にプラスチック椅子をくくりつけた簡易車いすは赤さび塗れで、操作が難しいことはすぐ見て取れる。けれど、弟たちは絶対に「兄さえいなければ」という態度をとりはしない。

「障害があるのに、貧乏なのに、教育を受けさせてもらえる自分は幸せ」

   健気な兄の気持ちがきちんと弟たちにも伝わっているのだ。

   見渡してみると、淡々と進む日常にうっかり眠気を催している人もいたが、見た後にじわりと「明日から頑張ろう」と思える良作である。5月病につける良い薬になった。

(ばんぶぅ)

おススメ度☆☆☆☆

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