福島原発「待機命令」無視してみんな逃げ出してた!所員・作業員の9割が10キロ先に避難

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   3年前の東京電力福島第1原発事故後、対応の責任者だった吉田昌郎所長(当時)の命令に違反して、所員のほとんどが現場から逃げ出していたことがわかった。吉田所長が政府の事故調査・検証委員会の聴取に答えた「吉田調書」をけさ20日(2013年5月)に朝日新聞が報じ、「「あさチャン!チェック」コーナーで井上貴博アナが取り上げた。

吉田所長「第1の線量低いエリアへ」とどまったのはたった69人

   井上貴博アナ「新たな事実です。なんと9割が現場から離脱したということです。大震災から4日後の3月15日朝に、約720人の所員のうち約650人が、待機命令に違反して、10キロ南にある福島第2原発に退避してしまったというのです。その後、放射線量は急上昇し、事故対応が不十分だった可能性があります」

新たな事実

   「吉田調書」は事故直後の現場指揮官に政府事故調が聴いた内容を1問1答方式で記した公式文書だ。今後の安全対策に生かす第一級の資料で、吉田所長が「第一原発内での待機」を命令したことが記録されている。吉田所長が指示した待避先は「構内の線量の低いエリア」「線量が落ち着いているところ」だった。あくまで第1原発の中にとどまり、安全を確認してから現場に戻って事故対応を続けるという判断だったからだ。

   しかし、第1原発にとどまったのは69人で、所員たちが戻り始めた頃には2号機で白い湯気状のものが噴出し、4号機では火災が発生していた。

政府事故調・東京電力 事実明かした「吉田調書」3年間公表せず

   逃げた東電社員や作業員を批難するのは簡単だが、原発は彼らにとってもそれほど恐ろしいものだということだ。命あってのものだねなのである。いくら安全対策を練ったところで、いざ事故が起こると操作する作業員がいなくなってしまうというのが現実だったのだ。

   この問題で愕然とするのは、この一件を政府事故調査委員会も東電も3年以上伏せていたということである。秋口には九州電力の川内原発の再稼働という見通しだが、こうした安全対策に生かすべき資料や情報がいまだに隠されているというところに、事故前と同じ政府や電力業界の変わらぬ隠蔽体質がある。

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