2024年 4月 29日 (月)

「美味しんぼ」鼻血論争!放射線不安の声封じるな…福島原発の真相まだ解明始まったばかり

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大橋巨泉「卒寿と快気」がんと闘い満身創痍でも衰えない反骨精神頼もしい

   22日の昨夜(2014年5月)、ザ・プリンスパークタワー東京で大橋巨泉さんの「卒寿と快気を祝う会」が開かれた。今年初め中咽頭ガンを発症し、放射線治療の激しい苦しみに耐えて、ようやく味覚も戻ってきた巨泉さんの2か月遅れの誕生日を祝うために、親しい仲間240名ほどが集まった。石坂浩二、永六輔、黒柳徹子、久米宏、徳光和夫、宍戸錠、青木功など多士済々。

   入り口で関口宏さんと挨拶し、入ってすぐに田中康夫さんと歓談。小中陽太郎さんとこのところの安倍政権について意見交換。王貞治さんの乾杯の後、巨泉さんと奥さんの寿々子さんに挨拶に行く。

   巨泉さんの隣に河野洋平さん。河野さんとも久しぶりだから、近いうちに遊びに行くと約して、隣の菅直人さんと立ち話。菅さんに朝日新聞の東電・吉田所長の聴き取り調書について知らなかったのかと聞く。彼はまったく知らなかった。自分は当時の総理だったので聞き取り調査の対象だからか、他の人については知らせてくれなかった。朝日新聞を読んで初めて知ったという。

   巨泉さんの話に戻ろう。彼が「11PM」をやっていた頃からだから、40年近い付き合いになる。きっかけは競馬。山口瞳さんの紹介で会ったが、意気投合し、よく一緒に呑んだ。TBS近くで呑んで銀座のクラブへ繰り出し、そこから巨泉さんは日テレの「11PM」へ『出勤』していったことも何度かある。

   私がいた講談社でゴルフの本や競馬の本を出したこともある。『週刊現代』で今も続いている巨泉さんの連載コラムは、私が編集長の時に始めたものだが、ずいぶん長い連載になった。好きな山口瞳さんの人気コラム「男性自身」(週刊新潮)の連載記録を抜きたいなどと『冗談』をいっていたが、前回の「内遊外歓」から今の「今週の遺言」と続いているのは、そんな強い気持ちがあるからだろう。

   10回も身体にメスを入れたそうだが、満身創痍でも衰えない反骨精神は今の時代には貴重だ。だから、「巨泉さん、まだまだ長生きして頑張って」。そういって会場を後にした。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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