「李香蘭」を許せなかった山口淑子の戦後人生!出演映画も決して見返さず

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   先月(2014年10月)、山口淑子さんが94年の生涯を閉じた。歌手、中国人女優、ハリウッド女優、政治家、ジャーナリストなど、多彩な経歴を持った彼女だが、「その生き方に大きな影響を与えたのが李香蘭として生きた時代だった」(国谷裕子キャスター)という。

「日本人に都合のいい満州の娘を演じていた...」

   日本人の両親のもと、1920年に満州に生まれた。中国語が堪能で、美貌の中国人女優、歌手の「李香蘭」として日本の大陸侵攻のプロパガンダ的な存在となった。映画では、最初は日本人に反感を持つが、誠実な日本人男性に心引かれるといった役どころを次々と演じた。

   しかし、日本の敗戦で一転、日本に協力した中国人として国民党政権に銃殺刑を求刑された。日本人であることが証明されて辛うじて助かったが、一緒に映画を製作した中国人は祖国の裏切り者として次々と処刑されたという。

   後年、彼女は「日本人に都合のいい満州の娘を演じていた李香蘭を許せないし、中国の人から見ても絶対許せない存在だった」と当時を振り返っている。李香蘭時代の映画は84歳まで決して見返すことはなく、伝記執筆の関係で見たときには震えていたという。

平和運動、慰安婦問題取り組み、パレスチナ問題...贖罪からの行動

   戦後は、李香蘭として背負った罪の意識や反省、後悔から平和を求めるようになった。早稲田大の谷川建司客員教授はこう話す。「彼女のすごいところは、失敗に気付いたときに、それを次の自分の行動のためのエネルギーにしたことです。贖罪のための戦いのモチベーションになった」

   49歳のときにはジャーナリストとして活動をはじめ、のちに国会議員にもなった。従軍慰安婦問題にも熱心に取り組んだ。ベトナム、中東の戦場に何度も赴き、戦争に翻弄された人々に眼差しを向けた。とりわけパレスティナ問題に尽力した。

   谷川教授「スラエルという国は、満州と構造が同じだと思ったのだと思います。それに対して、なにかできることをしたいという思いが彼女を駆り立てたのではないでしょうか」

NHKクローズアップ現代(2014年10月21日放送「李香蘭 激動を生きて」)

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