2018年 5月 28日 (月)

平昌パラリンピックの超人アスリート2人 悩んだ末のメンタルの強さがすばらしい

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   平昌(ピョンチャン)パラリンピックが9日(2018年3月)に開幕する。NHKが夏の陸上競技との二刀流で挑む山本篤と、元プロで事故から再起した小栗大地のスノーボーダー2人をとり上げた。

   山本篤選手(35)は高校生だった17歳のときに左足を切断。義足で夏のパラリンピックに出場し、北京やリオ大会の走り幅跳びや400メールリレーでメダルをとった。冬季パラリンピックをめざしたのは「新しい刺激を求めた」という。それがスノーボードだった。

普通を超えるため「カッコいい」にこだわる

   しかし、標高差220メートルを滑り降りる冬季競技はスピードだけでなく体重移動がポイントで、片方の膝を使えないとバランスをとりにくい。山本自身が「陸上は筋肉の爆発、スノボは力の方向を雪面に伝えなければならない」と話す。二刀流は容易ではない。練習中に転倒して右腕をけがし、2か月間雪上練習ができなかったこともある。「リスクはあるけど、やる価値がある。それが僕の生き方」と考えているそうだ。

   山本が強く意識するのは、義足を見せて滑ること。それで「カッコよくなければだめ」との思いだ。表彰台で外国人選手が笑顔なのに自分は仏頂面で立つ写真を見て、「自分はカッコよくないな」と思ってからは、写真を意識してサングラスをかけ、義足を前面に出すフォームに変えた。

   おととし(2016年)10月に東京・渋谷の街中に設けたピットで跳躍するイベントがあった。このフォームで跳んだ山本に「うわー、すごい」「カッコいい」の歓声がわいた。「おおーって思ってもらえたら一番いい。普通を超えていかないといけない」と山本は言う。

   山本を10年以上撮り続ける写真家越智貴雄さんは「スノボをやると聞いたときはびっくり。それも平昌に出場するとは思いませんでした。開拓者としてピカ一です」と語る。

   小栗大地選手(37)は障害を負う前、大学生のころからスノーボードを本格的に始め、ニュージーランドにも武者修行に出かけ、25歳でプロになった。ワールドカップにも出場し、力強いターンは世界トップクラスといわれた。30歳で就職した後も競技は続けたが、意欲が低下し「とりあえず大会に出ているだけみたいだった」という。仕事中に鋼材束の下敷きに。「どかすと右足がなかった」という事故の直後から「義足でスノボをやればいいかな」と思ったそうだ。

トラウマ後の障害があるなら、成長もある

   小栗の心には、ニュージーランドで見た片足のスキーヤー三澤拓さんの姿があった。「カッコよかった。自分も義足でもう一回挑戦したいなという気持ちになっていた」と話す。事故から2か月後、退院するとすぐ三澤さんを訪ねて「パラリンピックに出るにはどうしたらいいか」と聞いた。

   義足で初めてゲレンデに出たときは「全然ダメだった。それでも黙々とやる姿勢がすごかった」と友人は言う。成績は急上昇し、去年(2017年)12月にはフィンランドのワールドカップで、パラリンピックの金メダリストも出場したスノーボードクロスで4位に入った。

   メンタルトレーナーで元シンクロスイマーの田中ウルヴェ京さんは、ポイントはプラス思考だと指摘する。「自分と向き合い、生きがいってなんなのだろう、あーこういうことかとちゃんと悩んだメンタルの強さがすばらしい」と、PTSD(心的外傷後ストレス障害=トラウマ後の障害)に対してPTG(心的外傷後成長=トラウマ後の成長)もあることをあげた。

   カメラマンの越智さんは小栗の跳躍写真に「ボードが浮いている。重力から解き放たれた自由な姿を見てほしい」と強調する。

   平昌パラリンピックは6競技80種目で25日(2018年3月)までだ。

   武田真一キャスターが「超人たちのパフォーマンスからどんなメッセージを受けられるか」としきりにPRした。「超人」とはうまいことを言ったものだ。オリンピックの後となると、熱心なファン以外はもういささか食傷気味になるだけに、パラリンピックの人気にはどうしても限定的な面がつきまとう。しかし、知れば知るほど「超人」の名に値する精神力と力強さを備えた人たちであることがわかる。そのたくましい姿が何かを乗り越えようとする人たちの励ましに通じるのなら、たしかにすばらしい。

NHKクローズアップ現代+(2018年3月5日放送「ピョンチャンがまだまだ熱い!超人アスリートの流儀」)

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