ポンプに殉職消防団員の名を付ける【岩手・大槌町から】(28)

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津波は防潮堤を破壊し市街地に迫った=2014年1月11日、大槌町
津波は防潮堤を破壊し市街地に迫った=2014年1月11日、大槌町

   震災時、岩手県大槌町では14人の消防団員が殉職した。津波に襲われた時、ある団員は町民に避難を呼びかける半鐘をたたいていた。ある団員は体の不自由なお年寄りを助け出そうとしていた。みんなが自らの命を顧みずに、住民の避難誘導や救助活動にあたっていた。半鐘をたたきながら犠牲になったのは、大槌町安渡(あんど)地区の第2分団団員、越田冨士夫さん(当時57)だった。


   「カン、カン、カン」「カン、カン、カン」

   非常を知らせる半鐘の音が大槌湾に面した安渡地区に鳴り響いた。2011年3月11日午後3時10分前後。最初の津波が防潮堤に達する10分ほど前だった。第2分団屯所の屋上からの鐘の音は、津波が防潮堤を乗り越えて屯所をのみ込むまで鳴り続けた。

   たたき続けた団員は越田さん。屯所の片隅にしまい込んであった半鐘を持ち出し、2階の屋上にかけあがって打ち鳴らした。


越田冨士夫さん
   越田冨士夫さん

   地震直後、第2分団の団員は安渡にある12カ所の水門閉鎖へと走った。「おみゃーは、屯所でサイレンを鳴らせ」。団員の飛内邦男さん(58)は、水門閉鎖中に越田さんに指示された。飛内さんは屯所に駆けつけ、サイレンのスイッチを押した。停電で作動しなかった。津波が迫っていた。越田さんが屯所に戻ってきた。飛内さんが状況を報告すると、越田さんは、しまい込んであった半鐘を手に2階に上がりながら言った。「よし、早く行げ。みんなを避難させろ」。越田さんを見た最後の姿となった。


   越田さんは元大工。消防団を一時辞め、出稼ぎで首都圏に移り住んだ。帰郷したのは10年ほど前。再び団員になった。両親は他界し、一人暮らしだった。若い団員に慕われ、手本になった。消防車に乗るときはきちんと制服を着用するよう指導するなど、熱心に活動していた。第2分団長の小国峰男さん(64)は「半鐘は、住民を避難させようと、とっさに判断したのだろう。たたきながら、迫ってくる津波が見えたことだろう。冨士夫さんらしい」と悼んだ。


「安渡富士号」と名付けられた小型消防ポンプ=2012年3月3日、町消防団第2分団仮屯所
「安渡富士号」と名付けられた小型消防ポンプ
=2012年3月3日、町消防団第2分団仮屯所

   町は壊滅的な打撃を受け、多くの消防団員が犠牲になり、全国の有志で「大槌町消防団を支援する会」が結成された。2011年秋、支援する会から第2分団に、小型消防ポンプが寄贈された。いつまでも越田さんを忘れまい。分団はこのポンプに「安渡富士号」と名を付けた。


   消防団は各地で多くの団員が犠牲になった。消防団は明治時代に原型ができ、非常勤の特別職の地方公務員という、あいまいな形で行政機構に組み入れられた。装備も訓練も消防署員に遠く及ばず、自らが危険な時には退避するというルールも明確になっていなかった。団員の尊い犠牲により、今、全国で消防団の装備や活動の見直しが進められている。

(大槌町総合政策課・但木汎)


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