2024年 4月 26日 (金)

「日中偶発軍事衝突」は起こるのか(2)
中国の最終目標は「海洋大国」 尖閣を取れば台湾への攻撃もしやすくなる
元統幕学校副校長・川村純彦氏に聞く(下)

   中国は、なぜこんなに尖閣諸島に強いこだわりを見せるのか。その背景などを元統幕学校副校長・川村純彦さんに聞いた。

―― 中国が尖閣諸島の領有権を初めて主張しはじめたのは1971年12月で、2013年4月以来、どんな代償を払っても譲歩できない問題で、武力行使も辞さないという意味の「核心的利益」という強い言葉と使って強硬姿勢を示しています。

陸では領土広げられないので「海洋大国」目指す

中国は日本列島・沖縄・台湾・フィリピン・ボルネオを結ぶ「第1列島線」を重要な防衛ラインだととらえている
中国は日本列島・沖縄・台湾・フィリピン・ボルネオを結ぶ「第1列島線」を重要な防衛ラインだととらえている
川村: 第二次世界大戦後に国際社会に加わった中国からすれば、自らの発展のためには、既存の秩序を打破しなければならないと考えました。具体的には領土を広げて資源を獲得する。しかし現実には、周辺にロシア、ベトナム、インドなどが隣接しており、陸上ではこれ以上広げようがない。そこで注目したのが海です。境界が明確に決まっていないところが多く、国際法はあるものの監督する機関がない。
   そう考えると、中国の最終目標は、「海洋大国」となって、米国とアジア・太平洋地域の覇権を分け合うことです。そのためには、少なくとも米国と同等以上の軍事力、特に核抑止力を持たなければならない。しかし、これにはまだ「道半ば」です。中国は、1979年の中越戦争と1996年の台湾海峡危機という2つの国際紛争における敗北から重要な教訓を学び、本格的な軍事力増強を始めました。中越戦争で旧式兵器のまま「人民戦争論」で戦った中国軍は、2万人以上の死傷者を出して敗走した。この反省から、1982年に敵を海上で迎撃するための「近海防御戦略」を策定し、本格的な海軍力整備を開始しました。
   中国は1996年にも大きな敗北体験をしています。この年台湾では総統選挙が行われ、李登輝氏が当選しました。これは台湾で初めての「自由投票」になりましたが、中国からすれば自国の一部である台湾で「自由選挙なんてとんでもない。中止しろ」となる。中国は演習と称して周辺にミサイルを撃ち込みましたが、これに対して米国は航空母艦を2隻派遣して中国の恫喝に介入しました。中国は米国の干渉を防ぐことができなかった。
   中国は「航空母艦が台湾海峡に来たら、米西海岸に核ミサイルを打ち込むぞ」と脅しましたが、これも完全に無視されました。米国に対抗できる核報復力がなかったために中国がこの敗北から学んだことは、(1)空母を保有することの必要性、(2)敵空母の接近を阻止する能力の必要性、(3)ミサイル潜水艦による確実な核抑止力の必要性、の3つでした。中国はなす術がなく、台湾は堂々と選挙を行い、民主主義は守られた。

航空母艦も潜水艦も南シナ海でしか動けない

――中国の対米核抑止力は効かなかったということになります。

川村: どうして中国は米国の介入を防げなかったか。核ミサイルを相手の国に打ち込む方法には、(1)陸上から弾道弾ミサイルを撃ち込む(2)爆弾を航空機に積んで落とす(3)潜水艦から打つ、の3つがあります。陸上や航空機は相手からの第一撃に弱いので、安全に生き残ることができない。その点、ミサイル潜水艦は水中に隠れることができるのでたとえ自国が全滅しても生き残って報復することができる。しかし中国にはこの確実な報復力が欠けていました。
   中国はミサイル潜水艦を持つ必要性を痛感したのですが、太平洋に出ていくと探知されてしまう。冷戦時代には、日米はソ連の潜水艦をほぼ完全に補捉していましたが、中国のミサイル潜水艦は当時のソ連よりも性能が劣りますので、必ず捕まると思います。
   ただし、南シナ海は状況が少し違います。東シナ海や黄海は大陸棚で浅すぎ、ミサイル潜水艦にとっては危険です。一方、南シナ海なら水深3000~4000メートルの深海域がいくつかあり、そこにミサイルを積んだ潜水艦を潜らせて米国を狙うという方法を考えました。中国が開発したミサイルは7400キロ程度飛ぶと見られますが、それでも米国全土はカバーできない。アラスカに届く程度です。この射程距離を伸ばすことが中国にとって至上命題です。

―― まずは南シナ海を拠点にして米国に対抗する狙いですね。

川村: 中国はミサイル潜水艦を守るために、海南島の南端の三亜に大きな海軍基地を建設しました。航空母艦「遼寧」もここに配備した。遼寧は米空母と比べると性能が劣るので、有事に外に出ていけば即座にやられてしまう。搭載している航空機の性能が低いため、自分を守ることすらできないからです。結局、陸上基地の飛行機に守ってもらうしかない。そのため遼寧は陸上の基地から飛行機がカバーできる範囲でしか動けない。
   つまり、行動範囲は南シナ海に限られます。逆の見方をすれば、南シナ海に限っては、米軍の哨戒機などを追っ払ったりするのには重宝である。

「第1列島線」固めて潜水艦で太平洋進出狙う

―― 南シナ海を固めることと、尖閣諸島へのこだわりは、どのような関係があるのでしょうか。

川村: 中国にとって日本列島・沖縄・台湾・フィリピン・ボルネオを結ぶ「第1列島線」は、自国の政経中枢に対する防衛線であると同時に進攻してくる米軍を阻止するための外洋進出経路を確保するための重要なラインです。現在、中国は、「海警」などの公船を展開して「自分が管轄している」という既成事実を作ろうとしています。その狙いは、尖閣を奪うことでまず西太平洋への進出路を確保し、対米抑止力を高めると共に、台湾の武力統一を容易にすることにあると考えられます。その意味で、尖閣は中国にとって絶好の足がかりと言えます。
   中国にとって尖閣は軍事的な目的が第一であって、資源獲得は二次的な問題です。資源の問題なら交渉で利益の折半や共同開発で解決可能ですが、軍事的な問題では妥協や交渉はできない。そこを見誤ると「話し合いで何とかできる」といった議論になってしまう。中国の共産党の独裁が続く限り、これまでのやり方は変わりません。中国に「覇権国になる」という目標を変えてもらわないと状況は変わりませんが、その可能性は皆無に近い。話し合いだけではなく力による「抑止」も必要です。こちらが十分に備えた上で「これ以上無茶をしたら力で阻止する」という決意を示す必要があります。

川村純彦さん プロフィール

かわむら・すみひこ NPO法人同崎研究所副理事長、日本戦略研究フォーラム理事。海軍戦略、中国海軍分析のエキスパート。1936年、鹿児島生まれ。1960年防衛大学校卒(第4期)、海上自衛隊入隊。対潜哨戒機パイロット、在米日本大使館駐在武官、第5、4航空群司令、昔の陸・海軍大学校を統合した学校に相当する統幕学校副校長として高級幹部教育に従事する。著書に「尖閣を獲りに来る中国海軍の実力 自衛隊はいかに立ち向かうか(小学館101新書)」など。

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