迷走する大人たちを見限る若者 「ゆとり批判」「時代論」を超えて

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『若者はなぜ「決めつける」のか』(長山靖生著、ちくま新書、税別800円)

   

   今(2015)年から大学生の就職活動の選考解禁時期が4月から8月へと繰り下げになったが、かえって実質的な就活期間は長くなり、混乱が続いている。企業が内定と引き換えに他社への就職活動を終わらせるよう学生に強制する「オワハラ」も吹き荒れるなど、街を歩く就活生の表情は暑さにもまして息苦しそうだ。

   若者を食いつぶすブラック企業を筆頭に、若者がこれほどまでに「弱者」として位置付けられる時代は戦後初めてかもしれない。一方で、若い従業員が非常識な言動の画像をネット上にアップして炎上し、店舗閉鎖に追い込まれる事件も相次いでいる。両方の当事者としての若者のありようについて、バブル経済が崩壊した1990年代から現在まで、その背景を俯瞰してみせた本である。必ずしも書名の問いに直接答えていると、ストンとは落ちない部分もあるが、単なる世代論で片づけられない「ワカモノ論」が展開されている。

先行する世代の作為的、無作為的な「責任」

   著者が取り上げる素材は多岐にわたる。ニートなど今ではあまり語られなくなった存在から、小泉政権の「決断の政治」による新自由主義政策を、結果として自分の首を絞めることになる若者を中心とする国民が(あるいはメディアも)熱狂して受け入れた事実。さらには「新世紀エヴァンゲリオン」から「ネトウヨ」まで、デフレ経済とネット社会化が同時進行した結果、若者が「自分で努力しても無理」「自分たちは損している」という諦念に至るプロセスだ。

   「弱者」を自認する若者の類型を、この本では「否認系」から「他責系」「自責系」などと分類するが、それぞれに特徴的なセリフの説明は、中年者には、若い連中が使う言葉の裏の意味をよくわからせてくれる。

   ただ、若者の変貌の原因を「時代」という言葉でごまかしてはなるまい。やはり、それは先行する世代の日本人たちの作為的、無作為的な「責任」であることを本書は明らかにしている。

   そのひとつは、2002年から03年にかけて始まった「ゆとり教育」を経験したゼロ年代の学生たちが、2010年代に社会に出てくるようになった途端、教育政策が撤回され、今度は「ゆとり社員」として企業から揶揄される事実だ。だが、振りまわされた若者たちが2、3年のうちには高い確率で職場を離れていくのは、彼らが迷走する大人たちを見限ったとも見える。

   日本でも投票権が来年から18歳から与えられることが決まった。しかし、その前に語られるべきワカモノ問題の本質が並べられている。(PN)

『若者はなぜ「決めつける」のか』
『若者はなぜ「決めつける」のか』
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