日本から来ていた私の夫が、今回ニューヨークにいる間に、トランプ関連のイベントをぜひ見てみたいという。夫が自分で検索して、次のようなパレードを見つけた。PressReleaseNewYorkCity's32ndAnnualAprilFools'DayParade-It'saTrumpathon!プレスリリースニューヨーク市恒例第32回エイプリルフールズ・デイ・パレード――それは、トランパソンだ!TheparadewillbeginatFifthAvenueand59thStreetat12noon,Saturday,April1,2017.パレードは2017年4月1日(土)正午、五番街の59丁目で始まります。テーマは「MAKERUSSIAGREATAGAIN!」五番街の59丁目といえば、ちょうどトランプタワーがある辺りだ。プレスリリースによると、2017KingofFools(2017年愚者のキング)は、ドナルド・トランプ大統領。世界最大の「トランプそっくりさんの集まり」を目指しており、皆でトランプ氏に扮してニューヨークの五番街をWashingtonSquarePark(ワシントンスクエアパーク)までパレードしようというもの。ギネスブック登録を目指すという。今年のパレードのテーマは、「MAKERUSSIAGREATAGAIN!(ロシアを再び、偉大な国に!)」。プレスリリースには、トランプ氏のお面をダウンロードするリンクが貼られている。「これを印刷し、切り取って、パレードに被ってきてください。ぜひ、ツイート、リツイートをお願いします」、「白いシャツ、赤いネクタイ、ダークスーツで、トランプ氏に扮してきてください」と呼びかけている。内容をざっと読むと、いかにもアメリカらしい、ユーモア満載のパレードだ。トランプのそっくりさんが五番街をぞろぞろと行進している姿は、想像するだけでも面白そうだ。4月1日にトランプ氏関連のイベントがいくつかあり、そのうちのひとつだった。私はその夜に締切の原稿がまだ終わっておらず焦っていたが、合間に何とか書き上げようと、パソコンを持って夫と一緒にいくつかのイベントを見に行ってみることにした。せっかくだから赤いネクタイを買ったらどうかと、夫に促してみたが、「赤はありえない」と断られてしまった。まずは、トランプ・インターナショナル・ホテル・アンド・タワーの前で行われた「トランプ氏が打ち出したヘルスケアに反対する集会」に顔を出した。会場には、白衣を身に着けた医者など医療関係者が多く集まっていた。集会も終わりの頃だったので、スピーチだけが続いた。「トランプそっくりさん」パレードへの期待が、膨らむ。ヘルスケアの集会とパレードはほぼ同じ時刻に開始だったので、パレードには出遅れた。そこで、ワシントンスクエアパークにたどり着く予定の午後3時前に行って、そこで待つことにした。「トランプを弾劾するパーティなら、いつでも顔を出すよ」念のため、パークで暇そうに立っている警察官たちに尋ねてみる。「そんなパレード、まったく聞いてないね。ここで今から始まるのは、pillowfight(ピロー・ファイト)。恒例のイベントだよ」という。不安が頭をよぎる。五番街を眺めても、交通が遮断されている気配がない。確かに、大勢の人たちが枕を手に集まってくる。そして3時になると、枕を持っている人を誰彼構わず枕で叩き始めた。パークの凱旋門の下に立つ女性警察官にも聞いてみると、「初耳だわ。エイプリルフールのジョークじゃないの?」と笑う。あんなに周到なプレスリリースが、偽りだというのか。原稿も終えずに、飛び出してきたというのに。恒例のイベントなら、近所に住んでいる人は知っているはずだ。すぐ近くに住むという赤ちゃん連れの若い女性は、聞いたことがないと言いながらも、自分のスマホで検索してくれ、「ちゃんとイベント情報に載っているわね」と首を傾げる。公園を出て、五番街を歩きながら北上してみるが、通行止めになっているわけでもなく、待てども待てども、トランプそっくりさんはひとりも現れない。カメラマンらしい高齢男性とすれ違ったので、尋ねてみる。「どうやら、私も騙されたらしいんだよ。59丁目で待っていたのに、誰も現れないんだ。トランプのお面も、赤いネクタイも、ゼロだよ!」夜中にはタイムズスクエアで、「TrumpImpeachmentParty(トランプを弾劾するパーティ)」が予定されている。イベント情報には、「Inviteyourfriends;liberalsandconservatives,whynot?(友達を誘おう。リベラルでもコンサバでも、もちろん、いいよ)と書かれていた。高齢男性はそのことは知らなかったが、「トランプを弾劾するパーティなら、いつでも顔を出すよ」と笑った。開始時間は4月1日午後11時59分。それからして怪しいが、夫はまだ半分、本気にしているので、念のために会場へ足を運んでみる。ネオンライトで昼間のように明るいタイムズスクエアは、観光客で溢れ返っていたが、時間になってもパーティの参加者らしき人はひとりも現れない。先ほどの高齢男性の姿もない。警備のためにライフル銃を手にする警察官たちも、そんな情報は入っていないという。これも、エイプリルフールのジョークだったのか。あとでネットでチェックしてみると、ほかにもまんまと騙されていた人はいる。じつは皆、会場に現れ、騙されたと知って、素知らぬ顔して帰っていったのか。コートを脱いだら、中は「トランプそっくりさん」だったのかもしれない。友人や街の人々に聞いてみると、毎年、そんな企画があることを知らない人がほとんどだった。あの日の午後3時に、お面を被ってトランプ氏に扮し、ワシントンスクエアパークに私たちが辿り着いていたら、そこで待っていたのは、ピロー・ファイトだ。寄ってたかって、皆にボコボコにされていたかもしれない。(随時掲載)++ 岡田光世プロフィール岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。
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