2018年 11月 21日 (水)

故・小林陽太郎氏の精神はどこへ 富士ゼロックスに「売上至上主義」まん延

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   富士ゼロックスに激震が走っている。海外販売子会社で恒常的な不適切会計が発覚し、会長や副社長らを退任させるという異例の事態に発展したのだ。同社のカリスマ経営者だった故小林陽太郎氏はかつてガバナンス改革を訴え、短期的な利益を追求する市場の風潮を批判した。今回の事態は、カリスマが作り上げた同社の企業精神が既に失われていることを示している。

   親会社の富士フイルムホールディングス(HD)は2017年6月12日、富士ゼロックスの海外子会社で発生した不適切会計について、第三者委員会による調査報告書の概要と、今後の対応方針を発表した。ニュージーランドとオーストラリアの販売子会社で、複合機のリース取引をめぐり不適正な会計処理が行なわれ、損失額は過去6年間で累計375億円にのぼる――というものだった。

  • 当時の精神はいずこ (写真は富士ゼロックスのホームページより)
    当時の精神はいずこ (写真は富士ゼロックスのホームページより)

子会社の不正発覚後も「隠蔽体質」

   背景には「売り上げ至上主義」のまん延があった。社員の報酬は売上高に連動。売り上げを前倒しで計上する動機付けとなった。社内資料には、売上高目標について「もう1丁(1兆)やるぞ」などという表現が記された。

   子会社の取締役会も十分に機能していなかった。不正発覚後に親会社に事実関係を報告しない「隠蔽体質」もあった。

   なぜ、不正がまかり通ったのか。一つの要因は、フイルムにとって、ゼロックスの存在が大きくなり過ぎたことにある。富士ゼロックスは1962年、富士写真フイルムと英ランク・ゼロックス社との折半出資により設立された。初代社長はフイルム社長の小林節太郎氏が兼務した。つまり、当時からフイルム社長「肝いり」の会社だったわけだ。

   その後頭角を現したのは、節太郎氏の長男、陽太郎氏だった。1963年にフイルムからゼロックスに転じ、1970年に広告キャンペーン「モーレツからビューティフルへ」を展開。1978年に44歳の若さで社長に就任し、ゼロックスの「顔」として活躍した。1988年には「個の発想を重視した新しい働き方」を提唱、1990年に国内で初めてボランティア休職制度を導入するなど、先駆的な取り組みを実践した。1999年には経済同友会代表幹事に就任している。

ゼロックスの会長らは退任

   陽太郎氏の功績によって、ゼロックスはフイルムよりも先進的で、目立つ存在となった。写真フイルム需要が激減する中、存在感をますます高めていく。2001年にはフイルムが出資比率を75%に高め、ゼロックスを連結子会社化したが、口を出しにくい状態は変わらなかった。

   その結果、一部の海外子会社が野放しの状態になった。責任をとる形で、ゼロックスの山本忠人会長や吉田晴彦副社長らは退任する。フイルムHDの古森重隆・会長兼最高経営責任者(CEO)がゼロックス会長に就任し、子会社の管理方法を根本的に見直す。

   陽太郎氏は2009年にゼロックスの相談役最高顧問を退任し、2015年に82歳で亡くなった。存命なら、何を思ったのだろうか。

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