2021年 8月 6日 (金)

保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(10)
大久保が目指したのは「連邦制国家」なのか

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倒幕に馳せ参じた有力藩に一定の権力を与える案

   大久保の国家ビジョンが、その後伊藤博文、山県有朋らに引き継がれ、帝国主義国家の道(このシリーズで私が挙げている第一の道になるのだが)を歩んだ。それが公式の見解である。しかし大久保の考えの中に、王政復古そのものに賛意を示していた経緯、さらには幕末から維新にかけての政権の移り変わり時に幕府を討つ信念の強さなどをみていくと、大久保は第2期の中心に王政復古を据えつつ朝廷と倒幕派の協力政権を模索したというべきだろう。それにより朝廷を中央政府の中心として、倒幕に馳せ参じた有力藩に一定の権力を認めるといった形の国家像を作り得たのではないかと、私には思える。

   その有力藩は薩摩、長州、土佐などになるのだが、こういた有力藩の潜在的なエネルギーをむしろ国家的枠組みに組み込まないで、いくつかの周辺の藩を合体させ、地方政権に一定の自治を認めるのである。そうした手腕はむろん大久保には充分に備わっていた。こういう構想の方が、むしろ大久保には向いていたように思えるのだ。この形が最終的に連邦制国家たりうるか、については曖昧ではあるが、国力の裾野は広がるのではないかと思える。

   いわばこれが第四の連邦制国家への道筋になるのではないか、と考えて改めて明治維新の150年という枠組みを追いかけて見たいのである。この道はもとより不可視の歴史であり、あり得た可能性は大久保が死去することでまったく消え去った。しかし当時の変革そのものが日々変化の繰り返しであったことを思えば、各様の選択肢自体は想定してもおかしくない。いやむしろ想定することが最大の歴史教育になるのではないかと考えられるのだ。

   私の考える幕末、維新時の国家像について、これまで大まかな枠組みは記述してきた。そこでこの四つの国家像をさらに可視(現実の史実)と不可視(もしこちらを選択していたらの史実)の視点で歴史勉強を試みたい。いわば明治維新150年という節目で、私たちの国はどのような可能性を秘めていたのか、あるいは選択を誤っての近現代史だったのか、を考えることは決して無駄にはなるまい。(第11回に続く)




プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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