2024年 4月 19日 (金)

岡本行夫さんはピュアな小説を書き遺していた 巨大魚と老ダイバーの、愛と冒険の物語

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   新型コロナウイルス感染症は、日本を代表する論客の命も奪った。外交評論家の岡本行夫氏(享年74)が2020年4月下旬に死去したことが5月8日明らかになった。

   岡本さんは、外務省北米1課長も務めた元外交官で、橋本、小泉両政権で首相補佐官を務め、米軍普天間飛行場返還問題やイラク戦をめぐる外交などに尽力。テレビのコメンテーターとしても活躍し、歯切れのよい論調が時にお茶の間で賛否を巻き起こした。

   論客としての面ばかり目立つ岡本さんには、意外な一面があった。巨大な魚と老いたダイバーが海の中で交流を深めていくというピュアな小説をウェブ上に発表していたのだ。J-CASTニュース編集部記者は、そのいきさつを知る編集者に話を聞いた。

  • 「スーパーフィッシュと老ダイバー」に映るダイバー姿の岡本行夫さん(春陽堂書店の「Web小説」より)
    「スーパーフィッシュと老ダイバー」に映るダイバー姿の岡本行夫さん(春陽堂書店の「Web小説」より)
  • 「スーパーフィッシュと老ダイバー」に映るダイバー姿の岡本行夫さん(春陽堂書店の「Web小説」より)

まるでディズニーのような海のファンタジー

   岡本さんの公式サイトをみると、「写真帳」というコーナーがあり、自身が世界中の海を潜って撮った水中写真がたくさん掲載されている。

   岡本さんは神奈川県藤沢で育ったため、子どもの頃から素潜りが得意。外務省研修生の頃から本格的にスキューバダイビングを始めたというから、半世紀以上のダイビング歴をほこる。公式サイトをみると、どんなに忙しくても年に1、2回はダイビング仲間と海に潜ることを楽しみにしていると書かれている。

   岡本さんは今年2月から、明治以来の老舗出版社「春陽堂書店」(東京都中央区)がインターネット上で始めた会員制文芸マガジン「Web新小説」に、「スーパーフィッシュと老ダイバー」というタイトルのフォト小説を執筆していた。

   主人公は「ハンス」という岡本さん自身がモデルと思われる老ダイバーと、体長2メートルにもなる巨大魚ナポレオンフィッシュの「ジョージ」。2人(?)の交流を描いている。ナポレオンフィッシュは、その名前のとおり、大きく突き出たオデコが英雄ナポレオンの帽子に似ていることからつけられた魚だ。

   ヘミングウェイの「老人と海」を思わせるタイトル。物語は5月1日に公開された第4章で絶筆になってしまった。

   物語の舞台は中東の紅海。小魚時代を生き延びて大魚に育ったジョージは海の中で「鏡」の中の自分の姿を見て、自我に目覚める。沈没船に付着した藻を、体をこすりつけて落とすと、船体の窓に自分の姿が映ったのだった。このシーンは映画のように幻想的だ。

   やがてジョージは遊びの狩りのために魚を殺しまくるダイバーの若者たちを見て怒りを覚える。体当たりしてダイバーの息継ぎのレギュレーターを外してしまう。ジョージを「危険な魚」と恐れた人間たちに命を狙われることになる。

   まるで、ディズニーアニメのような展開。そして、絶筆になった第4章のタイトルが「人間だけの物差し ―殺戮」だった。ジョージとハンスの運命はどうなるのだろうか......。

女性誌「ミセス」のファッション写真がきっかけ

   それにしても、なぜこんなにもピュアな小説を岡本さんが書くようになったのか。春陽堂書店の顧問、岡崎成美さんに取材すると、そもそもの出会いは26年前の1994年、岡崎さんが女性誌「ミセス」(文化出版局)の編集部にいた頃だ。最初は岡本さんのファッションに惹かれたという。

「岡本さんはとにかくカッコいい。そこで、フォーマルとカジュアルの両方のモデルになってもらい、3ページの特集をしました。女性誌なのでインタビューも政治や外交の話ではなく、個人的な趣味の話を聞くと、『とにかく海が大好きだ』とキレイな写真をたくさん見せてもらいました。また、話題が豊富でとても面白い。そこで、エッセーも連載させていただくことになったのです」

   エッセーのタイトルは「地球をゆく」。1995年から1年間続いた。

「海外で税関を早く通過したい時は、体が大きい人の後ろに並ぶとなぜか早く進むとか、テレビ局のチームと一緒に海外取材に出かけた時の珍道中とか、楽しい話題がいっぱい、文章も軽妙で読者に人気でした」

   岡崎さんは文化出版局を定年退職。春陽堂書店の仕事をするようになると、「Web新小説」の企画が持ち上がっていた。春陽堂書店は創業明治11年(1978年)、かつて文芸雑誌「新小説」などを通じ尾崎紅葉、泉鏡花、夏目漱石、田山花袋、森鴎外らの作品を世に送り出した老舗出版社だ。

   それを現代に蘇らせようというわけだが、もう紙の時代ではない。そこで、「Web新小説」として、谷川俊太郎さん、町田康さん、黛まどかさん、伊藤比呂美さん、大澤麻衣さんらのラインナップをそろえた。

幼児をあやす米軍兵士写真にこめられた本心

   岡崎さんは、こう語る。

「正直に言って、岡本さんにはビジュアル面を期待したのです。非常に美しい水中写真をメインに200文字くらいのキャプションをつける。どこで撮ったかとか、どんな魚だとかのエピソードを......。すると、岡本さんはこう言いました。『ただ、写真を載せるだけなんて月並みだ!』。ギクッとしました。ああ、岡本さんのパワーにスイッチが入ってしまったと。岡本さんという人は、本気になると、ステージが一気に上がる人なのです」

   岡本さんは、「小説を書きたい!」と言ったのだった。「ジョージ」役になる巨大魚ナポレオンフィッシュの写真も自分で用意した。岡崎さんが続ける。

「岡本さんは子どものような心を持った人です。『日本のアンデルセン』と呼ばれ、『赤い蝋燭(ろうそく)人形』や『野薔薇(ばら)』などの作品がある小川未明の童話が大好きだと言っていました。岡本さんについては、沖縄とか集団自衛権の問題とか、よく『右だ』『左だ』と言われています。私自身は、岡本さんはそんな見方を超越した場所にいた人だと思っていますが、本人は少し気にされていたようです」

   岡崎さんは事務所を訪問した時、岡本さんはパソコン上に自分が写したという写真を見せてくれた。

「君は僕と同じ考え方ではないと思いますが、これがアメリカ軍の本当の姿です」

と言ってパソコン画面に表れたのは、中東の紛争地で幼い子をあやしている米軍兵士の写真だった。

「こういう言い方は失礼かもしれませんが、純粋無垢というか、子どもみたいに素直にものを見る人だったと思いますよ」

と、岡崎さんは振り返った。

(福田和郎)

(追記)岡本さんの未掲載分の遺稿については、遺族の意向もあり、今後も「Web新小説」上で連載される。
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