2024年 4月 19日 (金)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(11) 「中国式」の力と限界

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「新冷戦」は起きるのか起きないのか

   「日本では米政権が交代してもしなくても、米国と緊密な関係を軸に外交を展開するでしょう。しかし、欧州でも中国への警戒は近年増しています。トランプ政権の姿勢に辟易していたドイツなど一部の国は米国の政権交代に伴い、関係を再構築したいと考える可能性がある。気候変動における協力も復活するかたちで進むはずです」と吉岡さんはいう。

   中国は、「一帯一路」戦略によって、開発途上国にインフラを輸出し、経済的な依存を深め、国際的なプレゼンスを高めようとしてきた。米国は、日本を初めとする中国周辺の諸国家を糾合し、その「膨張」を封じ込めようとしてきた。その構図だけを見れば、新たな覇権を目指して影響圏を拡大する中国と、それを封じ込めようとする米国中心の国家群とは対立する「新冷戦」であるかのような印象を受ける。

   「たしかに、『新冷戦』という言葉が当てはまるほど、米中の覇権争いは緊張度を増している。ただ、通商や外交、その他の国際関係で、互いの影響圏をデカップリング(切り離し)した冷戦時代とは、時代背景が違います」と吉岡さんは指摘する。

   冷戦時代に旧ソ連は、衛星国家の東欧諸国を従え、欧州では分断国家の旧東独を最前線に、米国を盟主とするNATO(北大西洋条約機構)と対峙した。アジアでは、日本、韓国、台湾、フィリピンなどと2国間条約によって軍事同盟を結び、旧ソ連・中国の膨張を食い止めようとした。世界は東西の盟主のいずれかに従うよう強いられ、各地でその代理戦争が、「局地戦」のかたちで頻発した。通商や外交、文化、スポーツなど、あらゆる分野で互いを切り離し、域内のみで循環する「デカップリング」の時代だったといえる。

   米中の覇権争いが熾烈になることは間違いない。しかし、かつての冷戦のように、世界がすぐさま全面的に米中の勢力圏に二分されることは想像しにくい、と吉岡さんはいう。それは、イデオロギーの対立が明確ではなく、国境を越えて利害が錯綜しているからだ。世界がグローバル化し、互いに緊密な経済・通商の依存関係を深めており、切り離すコストが大きい。さらに地球温暖化などの環境問題や、新型コロナウイルスのように、課題もまた、グローバル化しているからだ。

   米中の勢力圏の色分けは曖昧で、事情は一筋縄ではいかない。吉岡さんは、その例としてインドを挙げる。

   独立インドと革命後の中国は、1959年にチベットのダライ・ラマ14世がインドに亡命政府を構えて以降、1962年の国境紛争などで、しばしば軍事衝突を繰り返してきた。2017年6月にも、ドラクム高原で中国側が開始した道路建設をめぐって両軍が小競り合いを起こし、2か月にわたってにらみ合う緊張が続いた。

   米国は、核保有国になったインドと、2007年に米印原子力協定を結ぶなど、中国の膨張に歯止めをかける存在として、インドとの連携を深めた。これだけを見れば、インドは、中国の覇権を封じ込める「新冷戦」で、米側に与しているかに見える。

   しかし、それだけではない。インドのモディ首相は2018年4月、2日間にわたって武漢市を訪問し、中国の習国家主席と非公式の首脳会談に臨んだ。両首脳は、「より緊密なパートナーシップと交流」を約束し、この歩み寄りは中国側で「武漢精神」、インド側では「ウーハン・スピリッツ」と呼ばれた。

   昨年10月には、インド側の招きで習国家歌主席がインド南部のチェンナイを訪れ、第2回の非公式首脳会談に臨んだ。吉岡さんがチェンナイに取材に行ったのも、その会談に対するインド側の反応を探るためだった。

   その後も、国境をめぐる両軍の衝突で死者を出すなど緊張関係は続いており、インド側の対中批判も強まっている。しかし、世界で人口第一、第二の大国がリスク管理をしようと対話を閉ざさないことは見過ごせない。

   「インドはもともと独立外交を唱え、冷戦下でも非同盟の立場をとった。中印の長い国境は不安定だが、現時点ではそれをエスカレートさせないという自制が働いている」と吉岡さんはいう。

   これはインドに限らない。欧州連合のメンバーであるハンガリーが中国との距離を縮める動きも、中国陣営に入るというわけではなく、ロシアへの対抗やEU内での存在感を高める狙いがある。インドの隣国スリランカ、バングラデシュ、ネパール、モルディブにしても、インフラ建設の受け入れで中国の「一帯一路」に傾斜しているように見える。しかし、地域の大国インドとの関係は深く、インドとの交渉材料に中国をダシにしている側面は否めない。中国側になびくという見せかけの「遠心力」をテコに、地域の中で存在感や発言権を強めようとする深慮が働いている可能性がある。

「少なくない国が、中国に接近しているように見えるのは、民主や人権を求める欧米と違って、自らも権威主義の中国は黙って投資をしてくれるだけでなく、トランプ政権が自国第一主義に走り、国際協調を軽んじてきた結果、という側面がある」

   では中国の覇権のもとで、米国の覇権と対峙するかといえば、中国にそこまでの求心力はない。

「中国は『一帯一路』に賛同している国々を『朋友圏』と呼んでいますが、彼らを抱え込む負担を担える、とも考えていないのではないでしょうか。かつての冷戦下では、米国の勢力圏に加われば、安全保障面でも経済・通商面でも、有利になるという計算が働いていた。でも今は、いずれかの覇権に与することが、有利になるという計算がかなう国ばかりではありません。欧州も経済については中国をパートナーという認定から外すこともできない。『中国の野心』ばかりが取りざたされていますが、これは内向きになる一方の『アメリカ問題』でもあるのです」

   コロナ禍で、今年の米大統領選がどうなっていくのか。それは、コロナ禍そのものと同じほど、世界に大きな変化をもたらすのかもしれない。吉岡さんの話を聞いて、そう思った。

ジャーナリスト 外岡秀俊




●外岡秀俊プロフィール
そとおか・ひでとし ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員
1953年生まれ。東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマにした『北帰行』(河出書房新社)で文藝賞を受賞。77年、朝日新聞社に入社、ニューヨーク特派員、編集委員、ヨーロッパ総局長などを経て、東京本社編集局長。同社を退職後は震災報道と沖縄報道を主な守備範囲として取材・執筆活動を展開。『地震と社会』『アジアへ』『傍観者からの手紙』(ともにみすず書房)『3・11複合被災』(岩波新書)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)などのジャーナリストとしての著書のほかに、中原清一郎のペンネームで小説『カノン』『人の昏れ方』(ともに河出書房新社)なども発表している。

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