2024年 4月 26日 (金)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(11) 「中国式」の力と限界

コミュニケーションによる信頼の確立か力による代替か

   コロナ禍が広がる中で、権威主義・独裁国家と、民主主義国家のどちらがより有効に感染防止に対処できるか、という議論が起きた。

   前者の主張は、最大の民主主義国家である米国を始め、英国、フランス、イタリアなどがことごとく失敗しているという点だ。反面、都市封鎖という強硬手段や、ものを言わせぬ追跡システムで感染を封じ込めた中国の利点をあげる人もいる。

   後者の主張が引用するのは、民主主義を勝ち取り、情報公開を徹底させた台湾や韓国、あるいは戦後に民主主義を徹底させたドイツなどを論拠にあげることが多い。

   しかし、吉岡さんは、「民主主義体制だから対処がうまくいっていると思いたいが、欧米の状況をみると現時点で体制間の競争に優劣をつけるのは難しい」という。

   韓国や台湾は、それぞれ北朝鮮、大陸中国と対峙し、ある意味で「戦時」に近い緊張状態にある。市民も「有事」には私権の制限を受け入れやすい緊張感が土壌としてある。中国や東南アジアの国々を含めて、SARSでの苦い体験を経て獲得した対応でも共通している。単純に、政治体制で比較することでは説明しきれないだろう、という指摘だ。

「民主主義体制であっても、明暗を分けるのは、まずは危機感の違いだと思う。新型コロナをアジアの感染症と油断した欧米と比べると、アジアの国々は当事者意識を強く持って対応した。さらに、台湾や欧米の先進国でも比較的うまく対処したニュージーランドやドイツをみると政権が国民に対するコミュニケーション能力に優れている点が目立つ。コロナ問題だけに突出したものではない。日頃からの政権の国民に対する姿勢と、それによってうまれた国民の信頼感ではないか。いろいろな施策を打ち出しても、それを受け入れるかどうかは結局、国民の判断。うまくいった民主主義体制に共通するのは、情報を積極的に素早く公開し、政策の目的を国民と共有できた国なのだろうと思います。それを権威主義の国では力で代替している。どちらが目指すべき社会であるかは、はっきりしているのではないでしょうか」

   北京ではこのところ、再び感染が拡大し、緊張状態が続いている。だが当局はロックダウンを感染集中区域に限定し、社会活動を続けながら感染抑止を目指そうとしている。経済活動の早い復活にも乗り出している。こうしたことから、まだ感染に歯止めがかからない米国と比べ、「コロナ後」の世界の覇権は中国が握る、との観測も出始めている。

   この点について吉岡さんは、トランプ大統領が再選されるか、民主党のバイデン候補が選ばれるかによって、かなり変わる部分と、変わらない部分があるという。

   変わらない点からいえば、中国の覇権に対する警戒心だ。10年ほど前までは、米国内にも、中国に関与し、国際秩序のステーク・ホルダーとして責任ある行動を取らせるという議論があった。また中国側にも、グローバリゼーションに対応して変革を目指す動きもあった。だがこの間、習政権がますます覇権を目指す「強国」路線を強めたため、米国政府内の安全保障や科学技術面での警戒は強まり、国民の対中感情は悪化した。民主党でもオバマ前政権の末期からは、こうした論調が強まっていた。バイデン候補が当選しても、覇権争いの構図には基本的な変化がないだろう、と吉岡さんはいう。

   だが、変わるとすれば、その手法や、とりわけ他の諸国との関係だ。バイデン政権になった場合は、「自国第一主義」を鮮明にしたトランプ政権とは違って、国際協調主義に振り子が戻り、とりわけ欧州との協調関係が再構築される可能性がある、と吉岡さんは指摘する。

   その判断の指標として吉岡さんが注目するのは、「戦狼外交」だ、これは外務省報道官の1人である趙立堅氏らが、欧米の主張に真っ向から反論し、議論を挑む外交姿勢を評して欧米のメディアがつけた名前だ。

   「戦狼」は2015年に公開され、2年後には続編も出て中国で大ヒットしたアクション映画のタイトルだ。私も続編を見たが、アフリカの戦乱に巻き込まれた同胞を救うため、特殊部隊「戦狼」の主人公が孤軍奮闘して窮地を乗り切る中国版「ランボー」のような作品だ。「どれほど離れていても、中国を侮辱する者は代償を払う」というコピーに象徴されるように、誹謗中傷や暴力には、力で反撃するという「愛国」の旗印を鮮明にしている。

   中国は1989年の天安門事件で国際社会から孤立して以来、外交政策では「韜光養晦」を基本としてきた。日本語にも「韜晦(とうかい)」という言葉があるように、「本来の才能を隠し、時期を待つ」という意味で、公の場では目立つような振る舞いは避け、力を蓄える外交姿勢を指す。

   「戦狼」とは、まさにそうした従来の姿勢をかなぐり捨て、批判には真っ向から反論する攻撃的な姿勢を指す。今回のコロナ禍でも、「武漢ウイルス」と命名して中国の責任を追及するトランプ政権に対し、中国外務省が「証拠を出せ」と反論したのが、その典型例だ。しかし、この「戦狼」への変貌には、中国社会で強まる民族主義を背景に、トランプ政権の中国攻撃に対する反撃が、エスカレートした結果、という側面もある。

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