2024年 5月 5日 (日)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(43) 歴史学に問われるもの

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「国民国家」の行方

   この論集のもう一つのテーマは「国民国家の行方」だった。一時はグローバル化によって、「国民国家」の役割や機能が低下するという指摘もあったが、すでにコロナ感染がパンデミックになる前から、「アメリカ・ファースト」を掲げる米国のトランプ政権の誕生、英国のEU離脱など、行き過ぎたグローバリズムを修正するかのように、国際協調路線を転換し、「国民国家の復権」を目指す動きが顕在化していた。

   国家単位で防疫・公衆衛生を行うパンデミックは、マスク・防護服・ワクチンなど医療資源の国家間争奪が激化したことも相まって、グローバル社会における「国民国家」の在り方を、改めて問いかけることになった。一方ではWHOが主導してワクチンを共同購入し、途上国にも配分するCOVAXなど、国際協調の動きもみられるが、足元では主要国がワクチンを自国最優先で確保し、余剰分を友好国に回して影響力を強める「ワクチン外交」が熾烈化しているのが現実だ。防疫強化や感染拡大防止に名を借りて、ハンガリーやタイ、ミャンマー、中国などが統制を強め、専制化する「COVIDナショナリズム」の高まりを指摘する声もある。

   本書の企画を進めていた昨年6月27日、早稲田大学ナショナリズム・エスニシティ研究所(WINE)はオンライン形式でシンポジウムを開いた。テーマは「新型コロナウイルス感染症と国民国家・ナショナリズム」。WINE所長の中澤さんが基調報告をし、すでにご紹介した千葉大の小沢さん、東大の池田さんのほか、本書に論文を寄せた東大の加藤陽子さん、東京都立大の福士由紀さんも討論に参加した。「国民国家」が本書のもう一つのテーマになったのも、同時並行で進むそうした地道な研究の積み重ねの結果だった。

   本書に「新型コロナウイルスの副作用―「感染症の人種化(racialization)」を執筆した中澤さんは、緊急事態宣言を次の四つに類型化した。

 A 緊急事態宣言を名目に、全権委任を実現し、権威主義的体制を確立したハンガリー・イスラエル型
 B 地方自治体の要請はあったが、緊急事態宣言の発出を忌避しつづけた結果、中央政府が政治的に孤立する傾向を持ったブラジル型
 C 従来の権威主義的権力機構に依存し、緊急対応条例を発出する中国型
 D 個人の自由や自由主義市場経済を重視するも、医療崩壊の危機を前に、緊急事態宣言に踏み切ることになったイタリア・ドイツ・イギリス・アメリカ型

   中澤さんによると、欧米ではAとDのいずれかが各国の政治の主流を占めたが、共通の課題として浮上したのが「感染症の人種化」「難民・移民感染者のバイオポリティックス」「国境管理の厳格化・保護主義の活性化」「国民国家の復権」などであった。

   中澤さんは主に、首相への無制限の権限移譲をともなう「非常事態法」によって、権威主義体制に移行したハンガリーを例に分析し、パンデミックのような危機的状況下では、民主主義が機能不全を起こし、いとも簡単に移民・難民の排除に結びつきやすいことに警告を発している。この点について、中澤さんは次のように感想を語る。

「パンデミックによって、『国民国家』は強化されていく傾向にあるが、それは19世紀的な国民国家への回帰ではない。さきの軍国主義的な形でもなく、むしろ、国家を使って新自由主義を駆動するような形で補強されていくのではないか。グローバル・ノースの国々は、このパンデミックを通し、多国間協力よりも国民国家の方が、この危機に直結して対処できると考える傾向が強まっているように感じる」

   加藤さんは「コロナ禍の世界からみる国家と国民の関係の変容」という論文で、この間、日本ではSNS上でコロナ対応の拙劣さを「インパール作戦」、米国では「団結」の象徴としての「ノルマンディー作戦」など、第2次大戦中の歴史の一コマを例えに持ち出したことに着目した。

   今回、こうした大戦の歴史を比喩として持ち出したのは、「コロナ禍を契機に、国家への国民の信頼が揺らぎ、国家と国民の間の信託や『社会契約』というべきものが途切れたとの切実な感覚を、戦後初めてといったスケール感でとらえた人が多かったからではなかったか」という。さらに、コロナ禍を通して米国の「BLM」運動など歴史の見直しが急速に進んだことについても、「国家と国民の関係の揺らぎ」の盾の両面だと指摘する。つまり、表向きの「国民国家復権」の掛け声の裏には、自分たちの生命が国家の無為によって脅かされるような事態に際して、これまで自明とみなしてきた国家と国民の関係が、大きく揺らいだ背景がある、との指摘だろう。歴史の枠組みの変動をとらえる貴重な示唆といえよう。

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