2022年 6月 26日 (日)

誰もが、ともに働ける未来を 「ソーシャルファーム」東京都から日本全国へ

   「ソーシャルファーム(social firm)」という単語を耳にしたことがあるだろうか。訳すと「社会的企業」。半世紀前にイタリアで生まれた概念で、就労に困難を抱える人々を受け入れて、他の労働者と一緒になって働く会社や団体を意味する。

   ソーシャルファームを、日本にも根付かせたい――。多様性を尊重する時代背景が追い風になるなか、そう思うのは民間の側だけではない。物心あわせたサポートを通して、企業と伴走しながら「汗をかく人々」がいる。

  • 広がりつつあるソーシャルファーム支援。写真は、公益財団法人東京しごと財団 篠田高志さん(左)、島根みずきさん(右)
    広がりつつあるソーシャルファーム支援。写真は、公益財団法人東京しごと財団 篠田高志さん(左)、島根みずきさん(右)
  • 広がりつつあるソーシャルファーム支援。写真は、公益財団法人東京しごと財団 篠田高志さん(左)、島根みずきさん(右)

東京都で「日本初の認証制度」が始まった

   ソーシャルファームの考え方は、1970年代のイタリア・トリエステで生まれた。精神科医バザーリア氏の働きかけで、精神病院を廃止して、精神障害者を隔離せず、地域の中で働きながら通院できるようにしたのが始まりだ。

旧トリエステ県立精神病院には「LA VERITÀ È RIVOLUZIONALE!(真実は革命を起こす!)」と書かれている
旧トリエステ県立精神病院には「LA VERITÀ È RIVOLUZIONALE!(真実は革命を起こす!)」と書かれている

   その後、ドイツなどでも広がり、現在ヨーロッパでは約1万社が創設。精神障害者のみならず、幅広い就労に困難を抱える人々が対象となっている。アジアでも、韓国で約15年前から広がり、高齢者や低所得者、ひとり親などを約3000社が受け入れているという。

ドイツの三ツ星ホテル「ホテル クリストフォルス(Evangelisches Johannesstift Proclusio gGmbH)」は、従業員80人のうち50%が障害者
ドイツの三ツ星ホテル「ホテル クリストフォルス(Evangelisches Johannesstift Proclusio gGmbH)」は、従業員80人のうち50%が障害者

   そんな「ソーシャルファーム」を初めて認証制度として導入したのが東京都だ。小池百合子都知事が旗振り役となり、2018年から検討を進め、日本国内の先行例やドイツ、韓国での現地調査を経て、19年12月に条例を施行した。翌年に認証ソーシャルファームの募集を始め、21年3月、要件を満たした3つの「認証事業所」と、認証に向けて準備する25の「予備認証事業所」を公表。現時点(22年2月)で認証事業所は16まで増えている。

「一方的に包むのではなくて...」条例に込めた思い

   東京都で、条例の検討から各国視察、制定までを担当したのが、公益財団法人東京しごと財団(以下、東京しごと財団)の篠田高志・雇用環境整備課長(現職)だ。

「条例の基本理念は『ソーシャル・インクルージョン』。就労に困難を抱える方を一方的に包み込むのではなくて、就労に困難を抱える方も、そうでない方も、事業者も、行政も相互に理解しながら、みんなで歩み寄って、共に活躍していこうという考え方です」(篠田さん)

   認証要件は(1)事業からの収入を主たる財源として運営(2)就労困難者と認められる者を相当数雇用(3)就労困難者と認められる者が他の従業員と共に働いている、の3点。ひとり親や刑務所からの出所者、引きこもり経験者なども対象となり得る点で、障害者を対象とする特例子会社や、「A型」「B型」といった福祉作業所よりも、幅広い人々を受け入れるのが特徴だ。

東京しごと財団・篠田高志さん
東京しごと財団・篠田高志さん
「ドイツでの調査で、よく聞いたのが『Mitarbeiter』。日本語で言えば『同僚』ですね。日本の福祉作業所では『ご利用者』と呼ぶことが多いので、ソーシャルファームとの違いを感じました」(篠田さん)

   都の認証を受けた事業所は、東京しごと財団から支援を受けられる。内容は相談や情報提供だけでなく、専門家によるコンサルティング、設立経費・運営費への補助、金融支援(制度融資)など、5年後に自律経営できるようサポート体制を用意している。

1つ1つのソーシャルファームと伴走する、支援担当者の「熱意」

認証ソーシャルファームを紹介する篠田さん
認証ソーシャルファームを紹介する篠田さん

   認証ソーシャルファームの声も聞いてみた。制度開始以前から就労困難者を受け入れていたある企業は、

「助成金がなければチャレンジできない雇用に踏み切ったので、とても感謝しています。事務作業の不慣れな面など、担当の方に手厚くフォローしていただいている」

と話す。また、新たに認証を受けた別のソーシャルファームも

「『ソーシャルファームって何?』という質問をよく聞くようになりました。今までは存在すらも知らなかったという状況から、少し進歩したかの様に感じます」

と、周囲が変化しつつある様子を伝える。

認証ソーシャルファームの例(美紘建興株式会社)
認証ソーシャルファームの例(美紘建興株式会社)
認証ソーシャルファームの例(一般社団法人アプローズ)
認証ソーシャルファームの例(一般社団法人アプローズ)
認証ソーシャルファームの例(NPO法人東京ソテリア)
認証ソーシャルファームの例(NPO法人東京ソテリア)

   新たな概念を浸透させるには、そこにかかわる人々の熱意が大切だ。篠田さんとともに働く、雇用環境整備課ソーシャルファーム支援係の島根みずき主任は、ただ補助金を出すだけでなく、事業者と「伴走」する重要性を語る。

「1つのソーシャルファームには、5年間で8000万円(上限)と、少なくない額が補助されます。6年目に自律経営していただくためには、補助金を出して終わりではなく、どれだけ事業者さんに寄り添い伴走できるかが大切です。チーム内で情報共有を欠かさず、コンサル支援も中小企業診断士などに丸投げするのではなく、担当者が同行するようにしています」(島根さん)
東京しごと財団・島根みずきさん
東京しごと財団・島根みずきさん

   篠田さんもまた、自らが手掛けた条文に、ソーシャルファーム定着への思いを込めた。

「条例の前文は『ここに、就労を希望する全ての都民がその個性と能力に応じて働くことができるよう応援し、誰一人取り残されることなく誇りと自信を持って輝く社会の実現を目指し、この条例を制定する』と結びました。支援ではなく『応援』。海外の事例を見て、『こういう社会になるために、ソーシャルファームが根付いたらいいな』と思いながら書きました」

ソーシャルファーム支援事業、もっと知りたくなったら...

   ソーシャルファームについて、もっと知りたい。そう思ったら、まずは支援事業の公式サイト「東京SOCIAL FIRM」を見てみよう。認証事業所の事例紹介などを通して、企業経営者のみならず、取り組みに興味のある人にも、実際の活動がわかりやすい内容となっている。

「東京SOCIAL FIRM」
「東京SOCIAL FIRM」

   さらに踏み込みたいなら、財団主催のセミナー参加もよさそうだ。月1回ペースで開催され、会場参加のほか、後日のオンライン配信でも視聴できる。直近では鹿児島県やオランダ、イタリア......のように、都内だけでなく国内外とも中継をつないで、講演やパネルディスカッションを行っている。各種イベントの日程は、公式サイト「東京SOCIAL FIRM」で随時告知される。

イベントが定期的に行われている
イベントが定期的に行われている

   具体的にアクションを起こしたくなったら、ソーシャルファーム支援センター【tel03-5211-1600(平日10-12時、13-16時)】へ連絡のうえ、千代田区内のオフィスでの個別相談もできる。

「日本ではまだ始まったばかりの取組なので、まずは多くの方に知っていただくことが大事だと思っています。ソーシャルファームの創設にかかわってみたい方はもちろん、どんなところか知りたい方も、まずは入口として、セミナーや『東京SOCIAL FIRM』のサイトをのぞいてみてはいかがでしょうか」(篠田さん)
ソーシャルファームを知ってみませんか?
ソーシャルファームを知ってみませんか?

<編集:J-CASTコンテンツ企画ビジネス部>

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