退職時の「有給全消化ブロック」なぜ横行? 日本企業の悪しき慣習、解決のカギは労働者にも

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   あなたは年次有給休暇(有給、年休)を全消化して退職したいと思いますか?

   J-CASTニュースで読者投票を実施したところ、肯定派が大多数にもかかわらず、退職経験者のうち2割が「社内で圧力」を受けて全消化しなかったとの結果が出た。労働者の権利にもかかわらず、なぜそのような事例が生じてしまうのか。

   問題の背景には、日本の雇用システムが関係しているという。将来はどうあるべきなのか。J-CASTニュースは2023年11月までに、経済学的な観点から慶應義塾大学大学院商学研究科の鶴光太郎教授に詳しい話を聞いた(全2回の後編)。

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日本は連関の強い「メンバーシップ型」

   前編(「有給全消化」、5人に1人が会社から圧力 調査で見えた「退職者泣かせ」の実態)で原因を探るなか、鶴氏は日本の有給消化率の低さと根源は同じとし、手早く消化を進める方法は法律の面から「時季指定権」(労働者が有給休暇の利用時季を決められる権利)の日数増加を示した。現在は原則5日間が対象だ。本来、グローバルスタンダードでは全て取れるように使用者が責任を負っているという。

   しかし日本においては、雇用システムの問題も絡んでくると鶴氏は述べる。

   雇用システムの特徴を表す「ジョブ型」「メンバーシップ型」という概念が重要になる。欧米はジョブ型で、職務範囲を明確に定めて厳格に運用していく。

   一方で終身雇用が前提にある日本の大企業を中心とするようなメンバーシップ型の働き方は、その考えが弱く、辞令に従って配置転換や転勤、残業の命令に対応しなければならない。柔軟性のあるシステムだからこそ、チームワークや調整は上手くおこなえる。

「家族のように同じ屋根の下で長い時間を一緒に暮らして、特に指示がなくても上司の意向を汲み取る。ある意味では、コミュニケーションの仕方としてはものすごく効率的な世界です。

欧米は、基本的に個室で仕事をするため色々なことを明確に伝えないといけない。『俺の背中をみて仕事しろ』なんてことは言えません」

   反面、長期的な雇用関係を本質とするメンバーシップ型は職場の連関が強く、長時間労働にも繋がってくる。加えて、ほかの長期的かつ継続的な関係でみられるように、暗黙の「社会的規範(ノルム)」が生じる。

退職者の開き直りは「合理的」

   日本の企業社会では機会主義的な行動をすると「村八分」や出世に関わるなどペナルティが大きく、皆が協調的にふるまうという。有給についても「全部消化をしないのが、あるべき姿」という社会的規範に縛られる。または病気休暇がない代わりに残すケースもある。

   しかし、一度限りの関係であれば、お互いに自分の得を考えようとする気持ちが働く。メンバーシップ型を念頭に置いた際、退職時は周囲や組織との関係の終点となり、日ごろ有給が取れなくても全消化しようと「開き直る」のは、経済学的に合理的な行動で、それ自体を責めるのは難しいと述べる。

   ただ、「人間は思わぬところで関わる時がある」と忠告する。「同僚や企業に悪い印象を持たれてしまった場合に、悪い印象を持つこと自体に問題があるものの、自分にとってのベネフィット(利益)を将来でみすみす逃すことがある」と、今後の可能性を考えた行動も提案した。

   先の読者投票では、「退職に際して、社内で有給休暇の全消化を抑制するような圧力を受けた人」に、相手を尋ねる項目も設けていた。478票時点で集計し、結果は「上司」48%、「社長」19%、「人事・総務」19%、「そのほか」14%。コメント欄では「同僚」の声も挙がった。

J-CASTニュースで実施した読者アンケートの結果、2023年9月20日~11月6日に寄せられた票を集計した
J-CASTニュースで実施した読者アンケートの結果、2023年9月20日~11月6日に寄せられた票を集計した

   メンバーシップ型の社会的規範が、労働者の権利であるにもかかわらず退職者を責めるという「おかしい」矛盾を醸成した形だという。ただ視点を変えれば、「圧力をかけてちょっとでも働いてくれれば、上司にとっても、働かないよりはプラス」「上司は上司ですごく合理的な行動をしている」とも説明できる。

   鶴氏は、そもそも退職時に有給全消化という話が起こる自体、「計画的な消化を実現できてない」と使用者側の落ち度を問題視している。

「職場に従業員がいないことを許容できない」問題

   鶴氏によると、メンバーシップ型の社会は広く言えば、「職場に従業員がいないことを許容できない仕組み」でもある。有給消化の問題だけでなく、働き方改革やウェルビーイング(心身の社会的健康)など先進的な取り組みとして進められているような副業、フレックス、リモートワークに対しても消極的という点に結びつくと指摘する。

   これらは職場にいないことを「許容する」仕組みにあたり、むしろ従業員の活性化、企業に対する愛着に繋がる部分もあるという。鶴氏は「情けは人の為ならず」と説く。

「従業員が職場にいないと何をしているか分からない、さぼっているだろうという意識が一番良くない。従業員を信頼していないということです。従業員の自律性や自発性に気持ちが及んでいない。

今、働き方として『自律』はすごく大事です。細かいことを言わなくても自分たちで意識を持って働いていくのを重視する。キャリアの自律性もそうです。そうしたところに思いが行かないと、これから企業のなかでイノベーティブな仕事、イノベーションを起こすことは出来ません。そのため、ある程度、従業員が職場にいないことを許容する仕組みを考えてほしい」

解決の道はジョブ型かつ「オーバーラップ」

   鶴氏は、有給消化や長時間労働の問題を解消するため、ジョブ型への移行を提唱する。一方で特定の人への負担を解消していくのも重要で、分担を明確にするのと同時に、不在時に他の人が仕事を引き継げる状態(オーバーラップ)にする工夫が必要とした。

   そのためには、「デジタルを使うという事に尽きる。情報の共有を日ごろからしっかりやっていく」。今はクラウドなどのテクノロジーを用いて多くの情報を集約可能で、仕事もプロセスも共有しやすいとし、企業によるシステム化を促す。

   コロナ禍ではリモートワークの導入が進んだ。「『職場にいなければいけない』というこれまでの考え方がずいぶん打ち破られてきている」と鶴氏は分析している。若者にも、オフィスワーカーであればリモートあるいはハイブリッドの導入された自由な働き方が望まれている状況だとする。

   結果として、職場にいないことを許容する仕組みや意識が、相乗的に浸透してくるとの見立てだ。

「リモートの話と年休消化が別次元の話とは思っていません。経験することで『案外やれるじゃないか』と気づきがあれば、年休消化していっても、例えばどうしても緊急の場合はITツールを駆使して今は対応できるでしょう。あまり悩まずに実施できるといえます」

労働者も「変わっていかなきゃいけない」

   退職時の全消化をめぐっては、労働者の意識改革も呼びかける。

「日本は夏休みや有給を取るときに『ご迷惑をおかけしますけれど長期休暇を取らせていただきます』と自分が悪いことをしているような言い方をしないと、休みのひとつも取れない文化、社会的規範になっている。

全くおかしな話です。休みを取ることでリフレッシュして、仕事をより頑張れると本人も思えれば、もっと堂々と有給を取れるはずです。従業員もこれからは変わっていかないといけない。若い方々ほどそうした考えが強くなっており、昔の常識は崩れつつあると思います」
慶應義塾大学大学院商学研究科の鶴光太郎教授
慶應義塾大学大学院商学研究科の鶴光太郎教授

鶴光太郎さん プロフィール

つる・こうたろう オックスフォード大学大学院経済学研究科で博士号を取得。慶應義塾大学大学院商学研究科・教授。専門は比較制度分析、組織と制度の経済学、雇用システム。「日本の会社のための人事の経済学」(日本経済新聞出版)など著書多数。

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