たまごやポテトサラダなど、さまざまな食材の「寒天」が秋田県のスーパーで販売されているとして、「知らなかった」「なんでだろう?」などと驚く声が上がっている。この寒天文化が生まれた理由とは。秋田県横手市の食農推進課の担当者に詳しく聞いた。寒天文化が生まれた明確な理由は分からず...諸説ありSNSで注目を集めたのは、あるユーザーによる2026年2月23日のX投稿だ。ポテトサラダを寒天にした「サラダカンテン」や、たまごを寒天にした「玉子カンテン」が秋田県のスーパーで販売されているとして、その様子を写真で紹介し、大きな反響を呼んだ。取材に応じた横手市の食農推進課の担当者によると、さまざまな食材を寒天にする文化は秋田県の南部で多くみられ、北部ではあまりみられないという。たまごやポテトサラダ、焼きそば、うどんなどを寒天で固めた商品が、スーパーや道の駅で売られている。では、なぜ県南でこうした食文化が生まれたのか。担当者は「結論から言うと、なぜこうなったのか、はっきりした理由は分からない」と説明。また、少なくとも昭和の頃には定着しているが、いつごろから始まったのかについても分からないと話した。その上で、複数の説を紹介。まず「保存食」としての側面を挙げた。豪雪地帯である秋田県は、物流の確保が難しい地域であるため、日持ちする寒天に多くの砂糖を加えることで、保存性を高めていたのではないかと推測した。また、砂糖による寒天の「甘さ」も重宝されていたとも。「甘いもの=贅沢品」という価値観があるため、甘く仕上げた寒天が冠婚葬祭の料理として、近所にお裾分けする料理として根付いたのではないかとも説明した。寒天そのものが秋田県に伝わった経緯についても諸説ある。一つ目は、冬場に仕事がない農家が長野県などに出稼ぎに行き、寒天を持ち帰ったのではないかという説。二つ目は、江戸時代から明治時代にかけて日本海沿岸を行き来した「北前船」によって持ち込まれたという説だ。現在、この寒天文化を担うのは主に高齢者だという。スーパーで購入するほか、家庭で実際に作る人もいる。だが、若者にとっては「伝統料理」という認識ではないかと、担当者は話した。
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