「『こんな政治家いればいいのに』って思った理想の形」
高島氏が「痩せ我慢」をしてでも身を引く理由として挙げたのが、22年に死去したプロレスラー、アントニオ猪木さんだった。
高島氏は元九州朝日放送(KBC)のアナウンサーであり、「ワールドプロレスリング」(テレビ朝日)でプロレス中継の仕事に携わり、猪木さんへのインタビューも経験している。
高校時代には猪木さんの著書を読んだことをきっかけに政治に関心を持ったといい、その後も食事をともにするなど交流を重ねた。自身の公式ブログでは、猪木さんを「会長」と呼び、「私の最初の選挙から応援に駆けつけてくれて、演説とビンタをしてくれた会長」と振り返っていた。
そんな猪木さんの晩年の姿について、高島氏はこう語った。
「痩せ我慢しても、そういう姿を見せていくっていう......これは、猪木さんが(本名の)『猪木寛至』に最後戻ってね、『きつい、きつい』とか『昔は「元気ですかー!」って言ったけど、元気ねえよ』って。それでも最後までアントニオ猪木を演じ切って。老衰して、きつい体を晒してまで、最後まで戦っていく姿を私は見た」
「燃える闘魂」を体現する猪木さんの姿を目の当たりにした経験を、高島氏は自身の「首長像」と重ね合わせた。
「首長って、こうあって欲しいよね、って。自分がもっと小さかった、若かった大学生の頃に、『こんな政治家いればいいのに』って思った理想の形。その姿を自分が最後まで演じるってことを、痩せ我慢してやってみせるっていうことが、次への希望だ」とした。
その上で、「残すべきは、『何をやった』っていうことじゃなく、希望を残すことが1番大事なことなんじゃないかなって思って。それで、会見ではああいう感じで言いましたけど、本当は痩せ我慢です。本当はめっちゃ続けたいです」とした。
石丸氏は「いやぁー......ちょっとかっこつけすぎですけど、かっこいいっすよ」と腕を組み、天を仰いでいた。