発達障害の当事者が語る過去の経験と作品への受け止め
ADHDとASDの当事者である長嶋さん(仮名・30代後半)にも、これまでの自身の経験を振り返ってもらいながら、「みいちゃんと山田さん」に対する思いを聞いた。
「23歳のときに診断を受けました。それまでアルバイトはどれもうまくいかず、周囲からは『努力不足だ』と言われていたし、自分でもそう思っていました」
大学4年生のときには「出会い喫茶」で働いていたという。店長からその働きぶりを褒められ、「すごく嬉しかった」と長嶋さんは語る。さらに仕事に力を注いだものの、収入が物足りなくなり、別の出会い喫茶でも働くようになった。
「そこでは、より高い値段で性行為もするようになりました。それでも、お客さんが喜んでくれて、『今まで役に立たなかった自分が、今すごい役に立っている』と思って、すごく嬉しかったです」
だがその後、新卒で入社した会社は3か月で辞めてしまう。仕事をうまくこなせず、朝の起床が難しくなったからだ。退職後は一時的に入院したが、このときは発達障害だと診断されなかったと明かした。
退院後は2年間ほどデイケアにも通った。しかしこの場所でも浮いてしまい、スタッフからはひどいことを言われることもあったという。やり場のない思いを抱えながら街中を歩いていたとき、「ここで働かない?」と声をかけられ、キャバクラで働くようになった。
この店では、給与が適切に支払われないこともあった。それでも長嶋さんはあまり気にしなかった。「ここでしか働けないと思ったし、お店の人が必要としてくれるから、お金のことは言わなくていいと思っていました」
半年ほど在籍していたが、店で暴れて解雇され、それ以降は長期にわたりスナックで働いていた。「みいちゃんと山田さん」にも、みいちゃんが癇癪を起こす場面がたびたび描かれており、長嶋さんは「みいちゃんみたいに暴れてしまって」と自身を重ねて話した。
そんな彼女が福祉とつながれたのは、現在の夫がきっかけだった。彼が福祉制度に詳しかったため、自立支援などの制度を知ることができた。
また、精神科入院中の友人からは手帳の取得を勧められた。当初は「障害者だと認めることになる」と思い悩んだというが、生活に支障が出ていることを指摘され、手帳の申請を決断した。
ただ、当時こうして手を差し伸べてくれる人は非常に珍しかったと、長嶋さんは振り返る。
彼女はこれまでの経験を通じて、作品には「すごく自分と重なる部分がある」と受け止めている。2012年当時21歳のみいちゃんとは年齢も近い。安定剤を飲みながら漫画を読み、過去の記憶を想起して涙が出る。しかし読み終えると、少し心がすっきりもする。
作品をきっかけに、当事者がやゆされたり攻撃されたりすることは自分も嫌だと話す一方で、つぎのようにも語った。
「みんな一人ひとり生い立ちも違うし、いろんな意見があって当たり前だと思います。でもこの作品が嫌いだったとしても、この作品が存在することは認めてほしいと思う自分がいます。私は以前からファンだったので。『こういう辛い時代があったんだ』ということを伝えてほしいなと思います」