「分からない」回答相次ぎ...辺野古事故遺族、運航団体との面会を途中で切り上げ

   2026年3月16日に沖縄県・辺野古沖で起きた船の転覆事故によって亡くなった同志社国際高校(京都府)2年の武石知華さん(当時17歳)の遺族が10月26日、noteを更新した。

   沖縄県を訪れ、事故を起こした船を運航していた「ヘリ基地反対協議会」と面談したものの、事故に関する検証がほとんど進んでいないと感じ、約1時間で面談を切り上げたことを明かした。

  • 辺野古沖の転覆事故では2人が死亡した(提供:第十一管区海上保安本部/AP/アフロ)
    辺野古沖の転覆事故では2人が死亡した(提供:第十一管区海上保安本部/AP/アフロ)
  • 事故は名護市辺野古沖で起きた
    事故は名護市辺野古沖で起きた
  • 辺野古沖の転覆事故では2人が死亡した(提供:第十一管区海上保安本部/AP/アフロ)
  • 事故は名護市辺野古沖で起きた

武石さんの18回目の誕生月に沖縄を再訪問

   この事故では、同志社国際高校の生徒18人と乗組員3人を乗せた船2隻が転覆し、武石さんと船長の男性が死亡した。

   武石さんの遺族は「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」のnoteアカウントを通じ、本件をめぐる発信を行っている。

   遺族は26日、「10月の沖縄訪問 (上)」「同(下)」と題したnoteを公開し、17日から19日にかけて沖縄を訪問し、ヘリ基地反対協議会との面談を行ったことを報告した。

   10月は武石さんの18回目の誕生月だったとし、父親は「訪れるなら、このタイミングだと思った」と説明。

   17日には、第11管区海上保安本部を訪れて捜査状況について説明を受けたほか、古謝玄太知事とも面会した。

   海上保安本部との面談については、「熱量を持って捜査にあたっていることを感じ取れた」とつづり、古謝氏に対しては修学旅行や教育旅行における安全管理の徹底や、体験活動を提供する団体の許認可、保険、安全管理体制などを確認できる仕組みの整備を求めたという。

「組織としての検証はほとんど進んでいない」

   翌18日午後には、那覇市内のホテルの会議室で、事故後初めてヘリ基地反対協議会との面談を行った。協議会側からは共同代表2人と代理人弁護士2人、遺族側からは武石さんの父親と代理人弁護士が出席した。

   父親は面談の冒頭、「今日は、謝罪を受ける場ではないこと」「事故から7か月のあいだに協議会として検証してきた結果、分かったことの説明を聞く場であること」を伝えた。

   協議会側からは「検証はかなり前から進めている」との言葉があったとした一方、父親は「質問を重ねるうちに分かったのは、組織としての検証はほとんど進んでいない、という事実だった」と振り返った。

   「学校との関わりがいつ、どのように始まったのか」「過去の乗船プログラムの経緯」「では今年のことは」といった質問すべてに「分からない」との回答があった。

   こうした状況を受け、父親は「約1時間で、私は用意していた質問を続けることをやめ、面談を切り上げた」と説明した。

「知らなかったのだから調べなくていい、そんな理屈は成り立たない」

   父親は協議会側の対応について、「何も知らなかったと主張することと、調べて、事実を洗い出し、それを伝えるということは、全く別のことだ」と指摘。「知らなかったのだから調べなくていい、そんな理屈は成り立たない」と批判した。

   さらに「謝って、何もせず、批判が通り過ぎるのを待つ。ほとぼりが冷めたら、元どおり。それは、許されないことだと思っている」とし、「自分たちで調査をし、問題を徹底的に洗い出し、社会に対して公表する。それがなされない限り、私たちは問い続ける」と訴えた。

   今回の面談について、「この姿勢を直接伝えられたことだけが、今回の面談の成果だったと思っている」とも記している。

   面談の終わりには、共同代表の一人から「事故に組織として向き合い直す」との言葉があったという。しかし、父親は「必要なのは内輪の反省ではなく、どれほどの検証を行い、それをどう社会に対して形にして示すのかという結果だ」と強調。「この意味が伝わっていればいいのだが」と結んだ。

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