今だからこそ聴きたい、
夏アニメ主題歌(前篇)

アニソンの進化・成熟を感じさせる森久保祥太郎のオトナのロック

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   本来春クールに全話放送予定だったものの、新型コロナの影響でオンエアを一時休止。7月から再スタートを切ったアニメ『天晴爛漫!』(あっぱれらんまん)。そのエンディングテーマ『I'm Nobody』を歌うのは声優・森久保祥太郎だ。

   森久保の約2年半ぶりのシングルの表題曲『I'm Nobody』は、ミドルテンポの正調アメリカンロック。音を汚したアコースティックギターのラフなストロークに、主張しなくとも確実に耳に残るエレキギターのオブリガードが絡み合う中、フェイクを効かせた気怠げなボーカルを聴かせる。このタイムレスな1曲を、2008年のランティスでの音楽活動開始以来の盟友である作編曲家・井上日徳と作り上げた。

   楽曲自体はまさにスタンダード。往年の米国ロックに対する誠実なまでのオマージュ。そして19世紀末、漂流ののちたどりついた米国の地でバディを組み大陸横断自動車レースに参加することになった日本人科学者とサムライのロードムービー的アニメ『天晴爛漫!』によく似合う。それだけにこの曲がCDショップの「アニソン」の棚や、配信サイトの「アニソン」カテゴリに並んでいることには大きな意味があるはずだ。

   "アニソン"、"アニメソング"という言葉が音楽の世界にすっかり定着して、早何年が過ぎただろう。もはや新しいジャンルではなくなったけれど、アーティスト陣の顔ぶれは、ベテラン声優や大御所作家からハイティーンの新人声優まで、多彩になり、彼らの楽曲は幅広い年齢層に愛されている。そんな中、キャリア十分な森久保が、ここに至って「オトナだから歌えるアニソン」「オトナが聴きたいアニソン」という新しいロールモデルを提示したこともまた、ジャンルの成熟ぶりを示す証拠といえるだろう。しかも彼はこれまでヘヴィロックやデジロックなど「2000年代以降」の趣を持つロックを指向してきた人物。「ロックを歌う森久保祥太郎」像を拡張させたという意味でも「I'm Nobody」は注目したい1曲だ。

   また森久保の手によるこの曲の言葉たちも見逃せない。Bメロの終わり、「さあ、サビだ!」というタイミングで「sing along」(一緒に歌おう)とも聞こえる「進化論」と歌うなど、歌詞本編にも彼一流の小技が散りばめられているが、何より気になるのがタイトル。

   「I'm Nobody」=「オレは何者でもない」。Wikipediaの当該ページを眺めてみれば瞭然だが、森久保のフィルモグラフィはド派手の一語。数々のビッグタイトルの主要キャラクターの声を担当している。「森久保祥太郎」という名前はアニメ・アニソン界隈のひとつのブランドだ。それなのに彼はなぜこの最新楽曲に己の在りようを皮肉るネーミングを施したのか。ここにもオトナの余裕や遊び心が垣間見える。

森久保祥太郎(モリクボショウタロウ)

2月25日・東京都生まれの声優、俳優、ボーカリスト。1996年の声優デビュー以来、『メジャー』シリーズの茂野吾郎、『NARUTO -ナルト- 疾風伝』の奈良シカマル、『弱虫ペダル』シリーズの巻島裕介など、さまざまなアニメの主要キャストの声を担当するほか、『おはスタ』などバラエティ番組でも活躍。また21世紀に入って以来、音楽活動も積極的に展開しており、2008年からはランティスから10枚のシングルと3枚のオリジナルアルバム、2枚のミニアルバム、1枚のベスト盤をリリースしている。2020年9月16日にはニューシングル「WAY OUT」を発表する。

楽曲情報

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森久保祥太郎「I'm Nobody」
2020年7月21日発売 / ランティス

【収録曲】
1. I'm Nobody(作詞:森久保祥太郎/作曲・編曲:井上日徳)
2. PANIC KITCHEN(作詞:森久保祥太郎/作曲・編曲:井上日徳)

■筆者:成松哲(なりまつ・てつ)
1974年大分県生まれ。ライター。音楽ナタリー編集部を経て独立。「リアルサウンド」「アニソンぴあ」などのウェブメディア、雑誌で音楽、アニメを中心にさまざまな分野でインタビューやコラム執筆を手がける。著書に『バンド臨終図巻』(共著。河出書房新社/文春文庫)など。


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