最先端技術を取り入れ、日本のアニソン・J-POP界をけん引する 音楽プロデューサー 佐藤純之介

いい音楽はドラムやベースのルート音がグルーヴを感じさせてくれるもの

   ――最後に少し話がそれるんですけど、オーディオマニアの立場から「これはハイレゾで聴いておけ」という作品ってありますか?

   高野寛さんの『TRIO』(2014年)かなあ。これは日本のスタジオではなく、ブラジル・リオデジャネイロのプライベートスタジオで録っているんですけど、いい意味で雑なんです。音質だけ比べるなら高級スタジオのものには敵わないけど、ハイレゾで聴くと現場での高野さんの姿といったディテールが細かく伝わってくる。「少し環境ノイズ入ったけど、ボーカル表現や楽器と声の混ざり方を考えたら、これをOKテイクにするよね」みたいなことまで想像できてしまう。あらゆる音を可能な限り記録できるハイレゾだからこそ、グルーヴ感やテイクの素晴らしさはもちろん、スタジオの風景すら立ち上がるんです。

   ――つまり、高音質=いい音源というわけではない?

   例えばぼくが好きなCDにEarth, Wind & Fireの六本木ヴェルファーレでのライブ盤(2003年リリースの『伝説のライヴ・イン・ヴェルファーレ』)があって......。

   ――ヴェルファーレ公演のライブ盤ということは、いわば "全盛期を過ぎたEarthの地方営業の様子"みたいな音源ですよね?

   しかもCDだから音がいいわけでもない(笑)。でも聴くと血湧き肉躍るし、最高! となる。それはぼくにとっていい音楽というのはドラムやベースのルート音がグルーヴを感じさせてくれるものだから。リズムに乗っていると、ほかのパートも際だって聞こえるようになり、逆に歌に集中しているようで実は踊らされていた、みたいな作品なんです。音質は、それを作り上げる手段でしかないといえばない。だから若い子には「クラブで遊べ」とよく言っています。

   ――まさにグルーヴに身を委ねる体験ができるから。一方、ご自身が手がけた音源でハイレゾで聴いてもらいたいものは?

   『トリニティセブン』というアニメの関連楽曲のリミックス盤(2015年リリースの『trinity heaven7:MAGUS MUSIC REMIXES TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND』)ですね。

   ――アナログシンセをフィーチャーしたダンスミュージック。今日の話のおさらいみたいな音源ですね。

   「96kHzで録ったアナログシンセってスゲー!」という衝動のみで作った1枚ですから(笑)。サブスク音源ですら「なんだ、この低音!?」ってなるから、ハイレゾで聴くときっとエラいことになりますよ。

【プロフィール】

佐藤純之介(サトウ・ジュンノスケ)

1975年大阪府生まれ。音楽制作プロデューサー/エンジニア。株式会社Precious tone代表取締役。YMOに憧れ、1990年代後期から音楽制作を始める。2001年に拠点を東京に移し、レコーディングエンジニアとしてJ-POPの制作に参加。06年バンダイナムコアーツのレコードレーベル「ランティス」に入社。ディレクターや多くのアーティストの発掘を手掛け、最盛期には年間400曲以上の楽曲を制作。バンダイナムコアーツ音楽事業統括部チーフ・プロデューサーとして活躍、19年独立のため退社。20年1月に株式会社Precious toneを設立。近年はアニソンの制作に多く携わり多くのヒット作を生み出している。ハイレゾなど高音質フォーマット、最新技術での音楽制作に造形が深く、現在、ソニーが開発した立体音響技術「360 Reality Audio」などを取り入れた制作も積極的に取り入れている。ビンテージシンセサイザーのコレクターであり、世界的にも貴重なコレクションとなっている。


   取材・文 成松 哲
撮影 葛西亜理沙



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