「派遣切り」泣き寝入りするのはイヤだった

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   荒井健太郎さん。神奈川県出身の27歳。埼玉県上尾市の自動車メーカー「日産ディーゼル工業」で派遣社員として働いていたが、リーマンショックから2ヶ月たった2008年11月中旬、解雇通告を受けた。すでにテレビやネットでは「派遣切り」のニュースが騒々しく伝えられていた。だが、まだ自分は大丈夫だろうと思っていた。まさかこの俺が……

突然だった解雇通告

「雇用契約は1ヶ月後の12月18日に解除されます。それから3日以内に寮から退去してください」

   派遣会社スマイルスタッフの担当者から電話で言い渡された内容はシビアだった。担当者は「申し訳ないんですけど、減産なんで……」と弁解していたが、納得できなかった。というのも、荒井さんは9月から日産ディーゼルで働き始めて、11月初めに3ヶ月間の契約更新をしたばかりだったからだ。

「その前から日野自動車とかが人員削減していたので、そのうちくるなとは感じていたんですけど、俺の場合は1月いっぱいまでの契約なので、それまでは働けると思ってました。途中で打ち切られるのは、さすがに辛いですよ。それに猶予が1ヶ月しかない。どうやって仕事を探せというのか……」

   次の日にハローワークに行ってみたが、いい仕事は見つからなかった。そんなとき、ケータイのポータルサイトで「派遣切りホットライン」を知り、電話してみた。相談に応じたのは東京・新宿にある労働組合「派遣ユニオン」のスタッフ。電話相談がきっかけで、荒井さんは仲間の派遣社員と一緒にユニオンの事務所を訪ねることになり、気付いたら日産ディーゼルユニオンの委員長になっていた。組合員3人の小さなユニオンの誕生だ。

「最初は『組合活動なんてやっても意味ねーじゃん』と思ってたんですけど、新しい仕事を見つけたくても見つかる状況じゃない。どうせなら何かやったほうがいいと思って、ユニオンでやってみようと決めました」

クルマの仕事がしたかった

   そもそも荒井さんが自動車工場で働いてみようと思ったのは、車が大好きだったからだ。自動車の修理工場を営む父の影響で、小さなときから車いじりに親しんだ。高校1年からバイクに乗り、18歳になると同時に普通車の免許もすぐ取った。

   神奈川県内の高校を卒業して、ガソリンスタンドでアルバイトをした後、タクシーの運転手になり、一時は月給60万をもらっていたこともある。その後、実家の仕事を手伝っていたが、仕事があまりなかったので再び家を出て派遣社員として働くことにした。インターネットで見つけた日産ディーゼルの仕事の時給は1200円。他の製造業派遣に比べれば条件が良かったし、寮つきというのも魅力だった。

「派遣会社の人からは『1年ぐらいは働けるよ』と言われていたので、俺もそのつもりだったんですけどね……」

   働き始めた9月は忙しく、残業もあった。しかし10月になって風向きが一気に変わった。ラインのスピードが落ちただけでなく、午前中だけ作業をして午後はラインが止まる日もあった。11月になると、さらにラインのスピードが落ちた。

   「これはまずいな」と思った荒井さんは、平日の夜や土曜日にガソリンスタンドでアルバイトをすることにした。派遣社員の契約期間は1月末まで。それから先は更新されない可能性があると考えたからだった。

「自分がやっていることは悪いことじゃない」

   しかし、突きつけられた現実は「契約途中での解雇」というもっと厳しいものだった。

   その現実に甘んじることができず、派遣ユニオンに加入して、解雇撤回を求める活動を始めた荒井さん。堂々と実名を出して取材に応じ、テレビカメラの前で臆することなくビラ配りをした。「派遣切り」の象徴的な存在として、マスコミから取材依頼が殺到。テレビの討論番組にも招かれて、意見を述べたりした。

「テレビに出ながら仕事に行っていると、同じラインの人からは『お前が何をしたいのか分からない』と言われたりしたけど、別に気にならなかった。自分がやっていることが悪いことだとは思わなかったので」

   結果的にその行動力は報われた。派遣会社は解雇通告を撤回し、契約期間満了までの賃金を保証した。寮もすぐに退去しなくてよいことになったのだ。

「『組合活動なんてやっても意味ないじゃん』といろんな人から言われたし、2ちゃんねるに悪口を書かれてヘコんだこともあったけど、やった意味はありましたよ」

   いま、荒井さんは派遣会社の寮を出て近くに部屋を借り、週に4、5日、ガソリンスタンドで働いている。それだけでは生活が大変なので、夜はパチンコ屋で働こうと仕事を探しているところだ。

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