2024年 4月 26日 (金)

あんたが邪魔でケータイに出られない!

   出張からの帰り、40代の会社員Aさんは新幹線の3人がけの席に座って雑誌を眺めていました。一番通路側の席です。

   隣の席、3人がけの真ん中の人は、Aさんが乗ってきた時点で、すでに眠っていました。同じ年頃の、やはりサラリーマンらしき人です。座席の背もたれについているテーブルの上には、大きなビールの缶があります。

   一番窓側の席には、初老の会社員らしき人が座って、何やら書類をいじっていました。

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ケータイに出たいが出られぬ新幹線

   大井川を超えたあたりで、窓側の人のケータイが鳴りました。ズボンの尻ポケットに入っているらしく、そんなに大きな音ではありません。

   Aさんは、どうするのかと窓側の人を見やりました。ケータイに出るのなら、前を通してあげなければならないからです。一瞬、窓側の人は迷ったようですが、結局は無視することにしたようです。

   かすかに鳴っていた着信音が止まった次の瞬間、再びケータイが鳴りだしました。窓側の人は、真ん中の席の人に視線を投げ、ケータイを取り出し、「切」ボタンを押しました。

   真ん中の人はだらしなく寝ているうえ、テーブルとその上に乗ったビール缶が障害となって、Aさんが前を通したとしても、とても通路側に出ることはできません。

   すると、またすぐにケータイが鳴りました。窓側の人は意を決したように電話に出て、ささやくように言いました。

「いま移動中だから、後ですぐにかけ直すから」

ところが、相手には聞こえなかったのでしょう。少し大きな声で同じように言い直しました。しかし、また聞こえなかったようです。

「駅に着いたらすぐにかけ直すから!」

声を張って言ったところで、真ん中の人が起きてしまいました。

「うるせぇぞ、電話なら向こうでやれよ!」

いや、アンタが邪魔になってんだよ。Aさんは、心の中でそう思いましたが、窓際の人は「すみませんでした」と謝りました。真ん中の人は、また眠りはじめました。

ケータイのおかげで人間関係がややこしくなる

   と、そこでまたもやケータイが鳴り、すぐに切れました。熱海の直前あたりでは、トンネルが連続するので、電波が届きにくくなるのです。

「なんだよ、うっるせぇなぁ!」

真ん中の人が充血した目をしながら絡みました。

「いや、あなたが邪魔になってこっちに出れないんでしょう?」

Aさんは思い切って諭すように言いました。

「おまえは関係ないだろう、黙ってろ、うるせぇぞ!」
「とにかく通してあげなさいよ」
「なんだよ、おまえは!」

Aさんと真ん中の人とが、言い争うようになってしまいました。

「すみません、申し訳ない。電話に出てきますんで、ちょっと通してもらえますか」

真ん中の人はぶつぶつ言っていましたが、ビール缶を手に取ってテーブルを上げ、窓際の人を通しました……。

   新横浜で真ん中の人が降り、窓際の人がAさんに話しかけてきました。

「私のせいで不愉快な目にあわせてしまって、すみませんでしたね」
「いや、あの人ももうちょっと空気を読むというか、慮ってくれれば良いんですけどねえ」
「空気を読むというより、他人のおかれた状況や気持ちを推し量る、察するということが、どうにもできない人が増えていますよね。あの人もそういう感じでしたけど、電話の主も、繋がらなかったら忙しいのか、何か事情があるのかと察して、留守電に入れといてくれればいいと思うんですけどね」
「まあ、出なけりゃ出ないで、何か事故にでも遭ったのかなんて思われちゃうご時世ですもんねえ(笑)」
「ケータイって、人間関係を繋げる便利な道具ですけど、同時に人間関係をややこしくする面倒なモノでもありますよね(笑)」

   Aさんも、本当に便利だけど、本当に面倒くさい存在だな、と感じました。

   「申し遅れましたが」と名刺を交換したら、同じ親会社を持つグループどうしで、会社の場所も程近いところにありました。いまでは、良い飲み友達だそうです。

井上トシユキ

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井上トシユキ
1964年、京都市出身。同志社大学文学部卒業(1989)。会社員を経て、1998年よりジャーナリスト、ライター。東海テレビ「ぴーかんテレビ」金曜日コメンテーター。著書は「カネと野望のインターネット10年史 IT革命の裏を紐解く」(扶桑社新書)、「2ちゃんねる宣言 挑発するメディア」(文藝春秋)など。
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