だからこそ、人生には流動性が必要だ

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   就職か年金の話でも書こうと思っていたのだが、地震のニュースを見ているうちに、何を書こうと思ったのか忘れてしまった。東京にいても、それくらい衝撃的な体験だった。

   まずは、被災された方へお見舞い申し上げたい。

   ところで、こういった時だからこそ気になることもある。こういう「誰が考えても避けようのない、やむを得ない機会の損失」に対して、最終的に誰が救済者となれるのか、という問題だ。

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「既卒3年新卒扱い」は始めの一歩

   たとえば、手続きの遅れや負傷により、入学できなかった人はどうするのか。就職活動どころではないままに「新卒カード」を失ってしまった人はどうか。そして、倒産してしまった会社や自営業の人達はどうなるのか。

   いや、答えは分かり切っている。最終的には自分でなんとかするしかない。

   義務教育の教科書では教えてくれないかもしれないが、徹頭徹尾、自己責任で成り立っているのがリアル社会だ。レールがあったように見えたのなら、それは単なる幻だったということだ。

   だが、自分で何とかできるほど、この国にはリベンジの機会が保証されているのだろうか。

   確かに「それも含めて自己責任だ」という声はあるだろう。たとえば僕の後輩に、内定していた金融機関が破たんし、既卒として翌年の就職活動に臨んだものの、国内大手金融機関のほぼすべてから書類選考で落とされた男がいた。

   結局、“既卒”という概念の薄い外資に行って、その後はそこそこ頑張っているから、確かに人生いろいろ、なんとかなってはいる。

   ただ、果たして彼のように能力でリカバリーできる人間がどれくらいいるだろうか。

   日本において生涯賃金を左右する要素は、学歴や出身地域ではなく卒業年度だ。このことは、少なくとも「入り口でこけた人間の多くは、その後も長く負の影響を引きずらねばならない」という現実を示している。

   今回、結果的に多くの人がレールから降りざるを得なくなるだろう。彼らは自分で何とかする以外にない。寄付金や食糧を送るのもいい。それに加えて、流動的な社会を作ることが、僕自身にできる最高の貢献だと思っている。

   「既卒3年新卒扱い」というニュースに、ほっとしている人は少なくないはずだ。

   「新卒、既卒という言葉がなくなりました」というニュースを聞けば、もっと多くの人が安心するに違いない。

城 繁幸

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人事コンサルティング「Joe's Labo」代表。1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。ブログ:Joe's Labo
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