90年代後半から増えている「やらなくていい仕事」

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   けっこう一生懸命仕事をしており、周囲もそれを認めて非難する人はいない。本人もまったく疑問に思っていないのだが、成果はほとんど出ていない――。あなたがそういう状態に陥っていると指摘されたら、どう思うだろうか。

   元リクルートの海老原嗣生氏は、そんな「仕事をしたつもり」の例をあげ、パターンを分析していく。そして、中身のない仕事に追われているだけなのに「バタバタしていて…」と嘆く時間と労力の無駄はやめようと呼びかける。

昔なら不要な仕事がいつのまにか当たり前に

海老原嗣生著『仕事をしたつもり』
海老原嗣生著『仕事をしたつもり』

――この30年でさまざまなOA機器が普及しました。コピー、ファクス、パソコン、プロジェクター、プリンター、携帯電話、インターネット…。その結果はどうか?

   数字的には、ひとり当たりの総労働時間は、1976年から2006年までの30年間で約11%減っています。家事労働(14%)ほどではないですが、それなりに「効率化」が進んだとも見てとれるでしょう。

   ところが、このデータは本当のところを示してはいません。総労働時間の減少は、1990年代の中盤までは家事労働と同様に減少し続けたのですが、その後はほとんど減っていないのです。…これは何を意味しているのか? 私はその理由を、「やらなくてもいい仕事が増えた」だけなのではないか、と思っています。

   少し考えてみてください。その昔なら、手書きの汚いメモをベースに、会議・討論が行われました。社内資料などそれで十分でしょう。ところが、パソコンの発達により、こうした身内の会議にまで「きれいな」企画書が必要となり、そのために社員は無駄な労力を要するようになりました。

   …プロジェクターを使って資料をスクリーンに映し出すために、事前に資料のファイルをノートパソコンに移し替えたりしなくてはなりません。プロジェクターの設置や配線にも時間を取られたりして、また無駄な労力が費やされることになります。

   そうして映し出されるファイルには、せっかくそこまでやったのだから、文字だけではもったいないと、無用な動画やアニメーション化されたグラフ類が無数にちりばめられています。そして、その会議で何が決まるのか? 多くの場合、「結論は次回に持ち越し」ということが成果だったりします――

(海老原嗣生著『仕事をしたつもり』星海社新書、15~17頁)


(会社ウォッチ編集部のひとこと)

海老原氏が批判するのは、何十枚も資料を作っただけの「量の神話」や、中身より形にこだわる「ハコモノ志向」、商売の原則を無視した「過剰サービス」など、「仕事をしたつもり」の数々。本書のいいところは、そのような悪弊を取り除いて「仕事をしたつもり」を半分にまで削ったら、さらに仕事をするのではなく、残りの半分で「仕事をしたフリ」をしながら切り上げることを提唱しているところ。そして、浮いた時間の半分で余暇を過ごし、残りの半分の時間を真剣に考えることに費やすべきだというのだ。

「仕事をしたつもり」、心当たりある?
心当たりがある
自分にはないが、周囲にはある
心当たりがない
海老原嗣生:仕事をしたつもり (星海社新書)
海老原嗣生:仕事をしたつもり (星海社新書)
  • 価格: ¥ 861
  • 発売日: 2011/09/22
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