クライアントにとって「最善」とは何なのか

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   前々回、プロフェッショナルが従うべきルールとして、「ファクトの前では、みんな平等である」ということについて説明した。しかし、クライアントにとって何が「最善」なのかということについては、話はそう単純ではない。

   最善とは、いちばんよいこと。いちばん適切なこと。たった2文字の意味を巡って頭を悩ませる。少なくとも僕にとって、何がクライアントにとって最善なのか、未だに確信の持てる答えは見つからない。

面子にかかわる提案は受け入れられにくい

(カット:長友啓典)
(カット:長友啓典)

   コンサルタントを雇う前、多くのクライアントは依頼する事業について仮説を持っている。こうしたらいい、ああしたらいい、とさんざん議論を重ねてから、コンサルタントを雇うことにするからだ。

   クライアントの仮説が大外れであることは、そんなにない。多くの場合、正しい。

   コンサルタントは、それを客観的に検証し、クライアント内での共通の認識を確立させる。さらに事業の進め方を具体化したり詳細化したりするから、付加価値が生まれる。

   しかし、たまにはクライアントの仮説が外れていることも、もちろんある。仮説が外れていれば、正しい方向に軌道修正することが仕事となる。ただ、意外とこれが難しい。

   クライアント内部での面子の問題にかかわることもあるし、当事者意識を阻害することにもなるからである。誰しも自分のアイディアならどんどんやっていくのだが、他人のアイディアに乗るのは、そんなにワクワクしないものだから。

   しかし、正しい方向に導かない限り、将来損失を被ることになる。あれやこれや、いろいろなコミュニケーションで納得してもらい、当事者として実行してもらうようにする。そのためにお酒の力を借りることもよくある。お陰で、東京中のお店だけは随分と詳しくなった。

   それでも、いつだってクライアントが納得してくれるとは限らない。データや分析結果は十分に揃っている。どんなに時間を掛け、手順を踏んだとしても、納得してもらえないことだってある。

   それはコンサルタントとして、まだまだ技量が未熟であるということなのかもしれない。また、場合によってはコンサルタントが知らない世界で、人事評価などに重大な影響を及ぼす提案になっているのかもしれない。

クライアントを失う勇気を持つ

   そんなとき、クライアントは誰だっけ、と僕は自問する。いろいろな考えを巡らせる。それでも波紋を起こすと分かっていても、あえて提案することがある。

   まだ駆け出しだったころ、こんなことを習った。

「クライアントを失ってもいいから、本当のことを言いなさい」

   僕は、その言葉を反芻しながらクライアントに向かう。もちろん、ある種の恐怖感があるのだけれど。

   本当は、クライアントの期待値通りにレポートを書くのが一番楽だ。次のプロジェクトにつながる可能性も高いかもしれない。しかし、それだけは「プロフェッショナル」として決してやってはいけないと、心に決めている。

   あるとき、僕はクライアントのトップとふたりだけで話していた。クライアントの基幹事業について、思いもよらぬ結論を見出していたからだ。生涯利益を計算すると、その基幹事業はクライアントの思っているほどビューティフルではないことに気づいてしまった。

   長い沈黙がつづいていた。トップは困惑している。これまで最優秀の人材を投入してきた事業だったからだ。僕は何も言えなかった。なんとも言えない時間だけが過ぎっていった。その間、僕はひたすら空(くう)を見つめ、間も悪さに気づかないふりをしていたような気がする。

   やがてミーティングが終わり、エレベータホールの前で別れた。その人とは、随分親しくさせてもらってきた。あれから数年経ったけれども、あれ以来お目に掛っていない。昔のように笑ってグラスを傾けられる日がいつか来ることを、心の中で願っている。

大庫 直樹

大庫直樹(おおご・なおき)
1962年東京生まれ。東京大学理学部数学科卒。20年間にわたりマッキンゼーでコンサルティングに従事。東京、ストックホルム、ソウル・オフィスに所属。99年からはパートナーとして銀行からノンバンクまであらゆる業態の金融機関の経営改革に携わる。2005年GEに転じ、08年独立しルートエフを設立、代表取締役(現職)。09~11年大阪府特別参与、11年よりプライスウォーターハウスクーパース常務執行役員(現職)。著書に『あしたのための「銀行学」入門』 (PHPビジネス新書)、『あした ゆたかに なあれ―パパの休日の経済学』(世界文化社)など。
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