2019年 11月 13日 (水)

海外赴任の痛い経験で学んだ「英語より大事なもの」

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   ヨーロッパ、スカンジナビア半島の東半分に位置するスウェーデンは、氷河に削られできあがった無数の湖沼を抱え、森と水の豊かな自然に恵まれる美しい国である。僕はかれこれ20年近く前、その国にコンサルティングファームの社員として赴任し、1年間暮らした。

   気候風土は厳しく、真冬の太陽は朝9時に南から上り、午後3時には南に沈んでいく。太陽の位置が低く、1日18時間が漆黒の空に覆われる。首都ストックホルムでは8月の花火大会を境に秋が始まり、あっという間にマイナス10度の世界へと移行する。3月、再び摂氏0度に気温があがり、底抜けの青空を見上げることができる日々が訪れると、ようやく早春の解放感を感じ始める。

「グローバル・シチズン」への憧憬

(カット:長友啓典)
(カット:長友啓典)

   僕が大学を卒業するまで、東京の街中であっても外国人に出会うことは、ほとんどなかった。ちらりほらり現れ出したのは、1980年代後半のバブルの時代だ。その頃になって外資系金融機関の東京支店が拡大され、一気に欧米人が増え始めた。

   当時の日本の大手メーカーの最先端の経営課題は、海外進出だった。それも日米貿易摩擦などアメリカからの指摘に押されて、ようやく重い腰をあげたような感じだった。外国で活躍できる人材の育成が急務で、エグゼクティブとしての海外マナーや生活習慣などの研修さえ重要な時代だった。

   僕自身のグローバル化も、日本経済と歩を合わせて1980年代半ばから始まった。いくつかの外資系企業の日本進出プロジェクトに携わった経験はあったが、海外在住経験など全くなかった。

   僕は「グローバル・シチズン」となって世界で活躍することを夢見ていた。どんな国であっても母国と同じように仕事ができ、生活をエンジョイできる。そんなプロフェッショナルになってみたかった。

   1990年代はじめ、たまたま欧州に赴任するチャンスをつかんだ。すでにデンマークに赴任していた同僚から、日本とスカンジナビア・オフィスでコンサルタントを相互に異動させて育成する話が進んでいるという噂話を国際電話で聞いた。当時はメールなどなかった。

   翌日、東京のオフィス・マネージャーに直談判し、赴任するチャンスが広がった。やっと世界で活躍できるプロフェッショナルになれる。そう歓喜した。それから半年、僕は秋風が漂い出した8月のストックホルムに舞い降りた。日本での実績を引っ提げ、自信満々の登場だった。「グローバル・シチズン」への変身が始まったのだ。そう僕は思っていた。

大庫直樹(おおご・なおき)
1962年東京生まれ。東京大学理学部数学科卒。20年間にわたりマッキンゼーでコンサルティングに従事。東京、ストックホルム、ソウル・オフィスに所属。99年からはパートナーとして銀行からノンバンクまであらゆる業態の金融機関の経営改革に携わる。2005年GEに転じ、08年独立しルートエフを設立、代表取締役(現職)。09~11年大阪府特別参与、11年よりプライスウォーターハウスクーパース常務執行役員(現職)。著書に『あしたのための「銀行学」入門』 (PHPビジネス新書)、『あした ゆたかに なあれ―パパの休日の経済学』(世界文化社)など。
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