「あんたらには教えないよ」 下町のカバン屋に値札がない理由

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   前回のクロージングの回では、「プレゼン」と「価格提示」はできるだけ分離させ、お客の渇望感をあおってから価格を提示するのが理想であると説明しました。しかし読者の方からは、

「価格とセットで提示しないプレゼンなんてあるのだろうか?」
「価格提示を引っ張るなんて、ちょっと考えられない」

といった意見をいただきました。

   なるほど、確かにそうとも思えるのですが、やはりこれは原則のひとつとして押さえておいた方がよいと思うのです。その一例として、やや極端ですが、モノを売る立場にとってヒントになりそうなエピソードを紹介しましょう。

「うちは買う気もない奴に値段は教えないんだ」

商品に自信を持っている店は、値段ありきじゃない
商品に自信を持っている店は、値段ありきじゃない

   もう15年も前になりますが、東京の下町を歩いていたときのこと。とある古めかしいカバン屋さんの前で、ふと足が止まりました。夜の集まりの時間まで友人と暇つぶしの散歩をしているとき、ショーウィンドウに並んだ手作り感満載の革製ビジネスバッグに目を奪われたのです。

「これいいよね、手作りだよね?」
「うん、けっこう高いんだろうなあ」

   ふたりはどちらからともなく、店内に足を踏み入れました。店の中には他の客はおらず、素晴らしいデザインのバッグが数多く陳列されていました。

   ただ、どの商品にも値札がついていません。店の奥には気難しそうな、いかにも職人気質に見える初老の男性がひとり、黙って我々に一瞥をくれています。

   重苦しい空気を打開するように、私はその店主らしき男性に向かって口を開きました。

「すみません。このビジネスバッグ、いくらですか?」

   とにかくどれでもいいから、ひとつ値段を聞けば相場がわかり、あとはだいたい類推できるだろう…。そう思って目の前にある陳列棚の商品を指さしました。

   すると、店主の口からは思いもよらない答えが返ってきました。

「あんたらには教えないよ」

   私と友人は、思わず顔を見合わせました。しばらくあって、今度は友人が「教えないって、どういうこと?」と聞くと、店主はゆっくり立ち上がり、こちらに歩みを進めながら静かにいいました。

「冷やかしだろ? うちは買う気もない奴に値段は教えないんだ」

「お安くします」ありきでは商売にならない

   友人はムッとして、「値段を聞いて買う気になるかもしれないじゃないですか」と言い返しましたが、店主は動じません。

「うちみたいに商品に自信を持っている店は、値段ありきじゃないんだよ、スーパーじゃあるまいし。商品の材質やデザイン、使い勝手なんかをじっくり確認して、商品を理解した人が『これが欲しい』と思ってくれて、初めて値段がいきるんだ」

   商品のこともロクに知ろうとせず、値段だけ聞いて「お前のところは高い、安い」などと言われるのは迷惑なので、いきなり値段だけ聞かれるのはお断りだというのです。そして店主は、当時現役で営業に携わっていた私に向かって、耳の痛いことをいいました。

「そういう奴らが、自分の仕事でも『お安くしますんで買ってください!』なんて、商売のイロハも知らないセールスをするんだ」

   マス生産&定価販売の商品以外の「価格」について、認識を改められたできごとでした。目からウロコのひと言でした。

   リアルの営業マンが顧客と相対で商品・サービスを売る際に、この考え方が参考になります。商品そのものの機能、品質、営業マンが提供する付随サービスなど、トータルの価値を買い手に十分理解してもらわなければ、価格を判断しようがないはずなのです。

   いきなり「価格」提示から入ってもよいのは、初めから購入意思がある人にセールスをする場合のみ。大量の商品を仕入れて安く売りさばくネット販売は、まさしくこのケースです。

   「価格」をいかに活かせるかが、リアル営業の腕の見せどころ。価格提示はそれだけ神聖で大切なものなのです。安易な価格提示を避けることは、値引きを誘発しない抑止力にもなります。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。執筆にあたり若手ビジネスマンを中心に仕事中の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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