2024年 4月 19日 (金)

報奨金80億円! 内部告発は「おいしいビジネス」になるか

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   米国の国税庁にあたるIRSが、スイスの銀行による不正を内部告発した男性に、1億400万ドル(1ドル80円換算で83億2000万円)の報奨金を支払ったと報じられた。

   報奨金の支払いは2006年改正の税法による措置で、税法違反の摘発に有益な情報を提供した者に対して、IRSが追徴課税額等の最大3割を支払うというものである。

   米当局に情報提供したのは、UBSの元職員B氏(47歳)である。B氏は米国生まれ。スイスのビジネススクールで金融を学び、英国のバークレーズ銀行などを経て、2001年にUBSに入社。米国人顧客を担当していた。

IRSは「4000億円以上の追徴課税」に成功

日本にも同じ流れがくるだろうか
日本にも同じ流れがくるだろうか

   IRSは、B氏の内部告発をもとに、スイス最大手のUBS銀行が米国人顧客の脱税に加担していたことを摘発。UBSは訴追を回避するために加担の事実を認め、7億8000万ドル(624億円)を支払うとともに、4700口座のデータをIRSに引き渡した。

   それにより、数万人の米国人が恩赦を求めて海外の隠し口座を自主的に開示。IRSは計50億ドル(4000億円)以上の追徴課税に成功した。IRSはさらなる実態解明に乗り出し、少なくとも11行が米国内で捜査を受けており、多数の銀行関係者や米国人納税者が罪に問われている。

   秘密のベールを剥がされ顧客からの「信頼」を失ったスイスの銀行は、プライベート・バンキングの収益低迷に直面しているそうだ。

   B氏によれば、彼を含む約60人の担当者が米国人顧客を担当しており、スイスの口座の資金を美術品や宝石類に換えて米国に持ち込むなどの手口で脱税に加担していた。B氏自身も、歯磨き粉のチューブの中にダイヤモンドを隠して「密輸」するなどしていた。

   UBSは不正が摘発されないよう、行員に対して「暗号化されたノートPCを使用する」「米国入国の際は、ビジネスではなく必ず観光目的と申告する」などと徹底しており、組織的な関与が疑われている。

   B氏は、2005年にUBSのコンプライアンス部門に通報して是正を求めたが、何ら対応が取られなかったため、最終的に米当局に告発する道を選んだそうである。

   結局、B氏自身も、顧客であったカリフォルニア州の資産家による脱税に加担した罪で懲役3年6か月の判決を受け服役。8月1日出所し、現在は当局の監視下で暮らしている。

不正を犯した者に「巨額のご褒美」を与えてよいのか

   従来、IRSは報奨金制度の運用に消極的であったそうだが、UBSの一件は、B氏による告発がなければ摘発できなかったことは事実であり、今回の支払いは、脱税を許さないというIRSのコミットメントを示したものだといえる。

   B氏への巨額の報奨金支払いは、今後、脱税に関する情報提供に拍車をかけることになるだろう。弁護士事務所にとっては「おいしい」ビジネスになるし、報奨金の支払いが確実な案件に対しては、ヘッジファンドが情報提供者に前払いをするケースもあるという。

   いかにも米国らしい合理的な考え方だが、これほど巨額の報奨金を、しかも自らが罪を犯した者に与えるのは妥当なのだろうか。個人的には大いに疑問である。

   日本においても、談合等を摘発するために、不正に加担していても「一抜け」してごめんなさい(証拠や書類をそろえて自己申告)すれば課徴金を免除するという「リニエンシー制度」がある。しかし、それは払うべきものを免除するのであって、不正を犯した者にご褒美を与えるのとは大きく異なる。

   数字の遊びではあるが、単純計算すると、B氏は時給4600ドル(36万8000円)で服役したことになるそうだ。さらにB氏は、獄中で受けたブルームバーグのインタビューにおいて、自分は犯罪者ではなく英雄として見られるべきだと語ったという。

   誠実な通報・告発を行った人であっても、残念ながら報復やいやがらせを受けて職を離れざるを得ない状況が生じる。そのような場合の補償的な意味合いでの報奨金は必要かもしれないが、億という報奨金は行き過ぎであろう。皆さんはどう考えるだろうか?(甘粕潔)

甘粕潔(あまかす・きよし)
1965年生まれ。公認不正検査士(CFE)。地方銀行、リスク管理支援会社勤務を経て現職。企業倫理・不祥事防止に関する研修講師、コンプライアンス態勢強化支援等に従事。企業の社外監査役、コンプライアンス委員、大学院講師等も歴任。『よくわかる金融機関の不祥事件対策』(共著)、『企業不正対策ハンドブック-防止と発見』(共訳)ほか。
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