2024年 4月 26日 (金)

竜宮城のような「M&A話」 簡単に乗るべきではない理由

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   2年ほど前の事です。ある日、地方都市のクライアントであるA社を訪ねると、見知らぬ中年男性が社長室を訪れていました。

「大関さん、紹介するよ。M&A仲介会社の方だ。うちの飛躍につながりそうないい話を持ってきてくれたそうだから、一緒に聞いて欲しいんだ」

   A社は、社長が脱サラで創業して20年のIT機器販売代理店。コツコツと地場の法人先相手に取引を広げ、着実に業績を伸ばしてきた会社です。

相手の売上は自社の2倍。全国展開で上場も夢ではなく…

竜宮城は夢のような楽しさで、下界よりも時間が経つのが速い
竜宮城は夢のような楽しさで、下界よりも時間が経つのが速い

   男性が持ってきたのは、A社より規模の大きな東京の同業B社の買収話。まず社長の年齢が52歳と確認すると、「あと15年がいいところですかね」と言いました。社長が怪訝そうに見返すと、

「一般論ですよ。60代後半ぐらいで後継に道を譲られるケースがほとんどですから。となると、その時点の売上は今の倍ぐらいですかね。上場には厳しいかもしれません」

   男性はさらに続けます。

「先方のB社の売上は、御社の約2倍。後継者がおらず、業績好調なうちに売りに出したいということです。営業所も全国に持っていますし、多角化の一環で外食部門もあります。このM&Aが実現すれば御社は全国展開に転じて、売上は一気に3倍。新たな事業分野まで手に入るので、上場にも有利です」

   これまでのやり方で会社を3倍にするとしたら、あと20年はかかるとのこと。もし実現したとしても、社長はそこで引退ですが、M&Aなら今実現します。

   「M&Aというのは、実は経営者が時間を買うことなんです」。さすが百戦錬磨のベテラン営業。なかなか上手なセールストークだなと思っていると、あの堅実な社長の目がみるみる輝いて、買収金額の目安や手数料について積極的に質問をしています。

   これまで中小企業M&Aの失敗事例をいくつか見てきた私は、この手の話には簡単に乗るべきではないと思い、男性が帰った後に残って社長に真意を質しました。

買収先の人材が大量流出するリスクはないか

   堅実経営を心がけてきた社長は、この手の話にはそう易々とは乗らないだろうと思っていました。しかし社長は、すっかりその気でした。

「僕は確かに堅実重視でやってきたけど、脱サラで起業した以上は夢があるんだ。会社を大きくしたい、できれば上場もしたい、いろいろな事業もやってみたい。それを実現してくれそうな、こんないい話は滅多にないと思ったのさ。『M&Aは経営者の時間を買うこと』っていい言葉だね。大関さん、そう思わないかい?」

   しかし私は、いまは聞く耳を持たないと思いながらも、かなり慎重に検討する必要があると忠告しました。M&Aにはおカネだけでは解決できない難しい事情がいろいろとあるからです。

   まずは小が大を食う「下克上M&A」の場合、小さな会社が管理面で主導権を握るのが難しいことです。「自社より無名の会社に買われる」ことを嫌がり、買収先の人材が大量流失するリスクもあります。

   全国展開となれば、人事制度や給与体系も全面的な見直しが必要ですが、それだけの管理ノウハウもいまのところはありません。せっかく買った会社がうまく機能せずに、企業価値があっという間に下がることがあります。

   組織風土の問題も見逃せません。中小企業はオーナーのカラーが強く、組織の融合が大企業以上に難しいものです。スピード重視の会社と、手続き重視の会社。市場調査重視の会社と、技術力重視の会社。お互いの社員にストレスが溜まり、反目しあって失敗した例も見たことがありました。

   結果的にA社のM&Aは、メインバンクが買収資金の融資を断ってきたため成立しませんでした。やはり銀行は背伸びしすぎたM&Aのリスクを認識していたようです。「M&Aは竜宮城にでも連れて行ってもらえそうな話に思えるけど、そんなうまい話があるわけがないね」。社長は再び「中小企業は堅実路線が一番」という考えに立ち戻っているそうです。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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