出戻りできる国、出戻りできる会社

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   2年ほど前、しばらくぶりの友人たちに連絡を取ってフェイスブックでつながったところ、3人がシンガポールに移住していたことが判明しました。

   しかし、彼らは移住の事実を積極的に公表していませんでした。そのうちの1人にインタビューしたのですが、「日本を見捨てた。裏切り者といわれるのが怖いので誰にもいわず移住した」といいます。戦前の非国民の話は、今の時代でも笑い事ではないのです。

いちど外に出たものは「裏切り者」という風土

オープンな場所を人生のステージに応じて移動する
オープンな場所を人生のステージに応じて移動する

   シンガポールに住み始めただけで、日本を見捨てたと言われるというのがこの日本の現実。だからこそシンガポールに行きたくなる、という皮肉も言いたくなってしまいます。

   かつて日本人がブラジルなどに移住をした時代は、船で何ヶ月もかけて移動しました。おいそれとは故郷に帰れず、みな二度と故郷の土を踏まない覚悟で移住しました。しかしいまは飛行機でまる24時間あれば、地球の裏側からでも帰ってこられます。

   実際にシンガポールやフィリピンなどに移住した人に聞いてみても、単にその土地に「引っ越した」という感覚です。移住したと思っている人は、ほとんどいないのです。

「ここのほうが過ごしやすいから」 「ここに仕事があるから」
「ここで会社を立ち上げることになった」

   どれも単純な理由です。「いまは日本に魅力的なことがないけれども、いずれ日本でやりたい事ができたら日本でも仕事をするし、また引っ越すかもしれない」という感覚です。

   それぞれの人生のステージで、最適だと思う場所に住む。日本国内での引越しと同じ感覚で、海外にも引っ越しているのです。「ノマド」という言葉を使うと言葉尻だけで揶揄してくる人がいるのは知っていますが、彼らはまさに「ノマド民」です。

   実は会社でも同じ事が言えます。伝統的日本企業では、いちど外に出た人材(辞めた人)は裏切り者ですから、出戻りは基本的にありえないことです。

固定したレールに対する柔軟な生き方が「ノマド」

   一方、コンサルティングのようなプロフェッショナルの組織は、出入りがかなり自由です。私がいたコンサルティング会社には「出戻り」がありました。

   つまり、一度その会社をやめた人が、また入社してくることがあるのです。もちろん会社側は事情に通じた即戦力ですから、基本的にはウェルカムです。中には二度目の出戻りをしたような人もいます。そういった多様な人を受け入れる土壌がありました。

   出入りができる組織、出入りができる国。そういうオープンな場所が私は好きです。そして、そういう場所を人生のステージに応じて回っていくというのが、わたしの考えるノマド的な生き方のイメージです。そういう生き方が、一本線の固定したレールに対する柔軟な生き方=「ノマド時代のサバイバル」だと思っています。

   日本を出て、また戻ってくる。私にはこの2010年代に海外に出た人が、10年後に大きな波になって再び日本に戻ってきて、大きな改革の波をつくる姿が浮かびます。アジアで起業家を育成する加藤順彦さんは講演録のなかで、このような人材を「ウミガメ」に例えています。いずれ生まれた海岸に戻ってきて卵を生むのです。(大石哲之)

大石哲之(おおいし・てつゆき)
作家、コンサルタント。1975年東京生まれ、慶応大学卒業後、アクセンチュアを経てネットベンチャーの創業後、現職。株式会社ティンバーラインパートナーズ代表取締役、日本デジタルマネー協会理事、ほか複数の事業に関わる。作家として「コンサル一年目に学ぶこと」「ノマド化する時代」など、著書多数。ビジネス基礎分野のほか、グローバル化と個人の関係や、デジタルマネーと社会改革などの分野で論説を書いている。ベトナム在住。ブログ「大石哲之のノマド研究所」。ツイッター @tyk97
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