成果は理研のもの、不正は個人のもの… 不祥事の際に問われる「格式」について

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   「あらゆる組織が、事なかれ主義の誘惑にさらされる。だが組織の健全さとは、高度の基準の要求である。自己目標管理が必要とされるのも、高度の基準が必要だからである。成果とは何かを理解しなければならない。成果とは百発百中のことではない。(略)すなわち、間違いや失敗をしない者を信用してはならないということである。それは、見せかけか、無難なこと、くだらないことにしか手をつけない者である。成果とは打率である。弱みがないことを評価してはならない。そのようなことでは、意欲を失わせ、士気を損なう(略)」──。

不祥事広報は「社格」が問われる

   のっけから難解な文章で申し訳ない。これは、経営学で有名なドラッカー博士の言葉である。このシリーズで以前、衰退する企業はトップが「逃げる、隠す、ウソつく、なすりつける」であり、役員、幹部、従業員は「事なかれ主義」であると書いた。ドラッカー博士の言葉で言えば、これらはいずれも高度の基準の要求から外れ、組織の健全性を損なう。トップが間違いを役員、幹部、従業員になすりつけ、役員、幹部、従業員が見せかけや無難なこと、くだらないことに終始すれば、企業は顧客から見捨てられ、衰退していく。このような企業は、広報でも基本的に都合の悪いことは公表せず、事実が明らかになっても巧妙に話をすり替え、責任を取ろうとしない。不祥事の際の広報対応を見れば、その会社が社内論理で動いているか、社会や顧客と向き合っているかが分かる。不祥事広報は「社格」が問われるのである。

   新しい万能細胞「STAP細胞」をめぐる理化学研究所の対応は、小保方晴子研究ユニットリーダーの不服申し立てが調査委員会から却下されたことで、論文の取り下げを勧告し、関係者の処分について検討が進められている。発表に名を連ねた発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長のほか、竹市雅俊センター長の処分もウワサされているが、理事長、理事の処分は全く聞こえてこない。

   それは、理研が悪いのではなく、研究不正行為が悪いのだという認識による。野依良治理事長の2回の声明を見ると、「今回の共同作業において、若手研究者の倫理観、経験の不足と、それを補うべき立場の研究者たちの指導力の不足、また両者による相互検証の欠如が、研究論文発表における不正を引き起こしました」(4月1日)、「改めて今回の事案を厳粛に受け止め、研究不正行為の防止と、研究活動に対する信頼回復に努めてまいります」(5月8日)とあり、その認識は明らかである。

一挙手一投足を見て、顧客や社会は評価する

   しかし、STAP細胞は理研の広報が認めて発表したのであり、今回のような問題が起きなければ「さすが理研」との名声が世界にとどろいたはずである。問題が起きたから、「理研ではなく、研究不正行為」というのは納得しかねるのだが、いかがだろうか。私には、理研の格式が問われているような気がしてならない。

   中堅・中小企業はオーナー型企業が圧倒的に多い。オーナーの実力、個性で社業を拡大してきた分、オーナーが絡む不祥事には誰もが口をつぐむ。株式上場をしていなければ、公表義務もないから、オーナー自身も発表しようとしない。信用が失墜して、顧客が離れ、銀行から融資が受けられなくなれば、たちまち倒産の危機に瀕するので、その心理はよく理解できる。しかし、顧客や社会に悪影響を及ぼす不祥事であり、発覚する可能性が高いのなら話は別である。公表して、顧客や社会的な被害を最小限に食い止めることが、自らの企業生命を助けることにもなる。リスクマネジメントは一筋縄ではいかない。公表するかしないか、どのように公表するかの一挙手一投足を見て、顧客や社会は評価することを忘れてはならない。(管野吉信)

管野 吉信(かんの・よしのぶ)
1959年生まれ。日刊工業新聞社に記者、編集局デスク・部長として25年間勤務。経済産業省の中小企業政策審議会臨時委員などを務める。東証マザーズ上場のジャパン・デジタル・コンテンツ信託(JDC信託)の広報室長を経て、2012年に「中堅・中小企業の隠れたニュースを世に出す」を理念に、株式会社広報ブレーンを設立。
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