大学で「留年」は死語になりつつある なぜなら・・・

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   現在かなりの大学でセメスター制度というものが導入されている。セメスター制というと大学に昔からあった2学期制と混同されがちだが、セメスター制では各授業が1セメスター、つまり、1学期で終わるのが一般的である。

   ようするに、通年の授業が無くなり、半年ですべて完結して成績も出ますよという状態ね。だから、4年間を学年毎に区切るのではなく4年 = 8セメスターと考えることになる。

8セメスターで卒業できなかった学生は...

卒業、のはずが...
卒業、のはずが...

   ちょっと前に、グローバル化を目指して秋入学に移行するだのなんだのと盛り上がりをみせていた大学もあったが、秋に入学できる大学なんて特に珍しいわけではない。さすがに原則「全員秋入学です」という大学は皆無であるが、国公私立を問わず、いろんな大学で秋入学が可能な学部や学科がある。だって、セメスター制なわけだから、学年ではなく半年ごとに区切りがあるので秋入学も導入しやすい。

   ちなみに、大学は3月に卒業するものである...とは限らないのもセメスター制度の賜物かもしれない。秋卒業もある、というわけだ。

「秋入学があるから、秋卒業があるのは当たり前じゃん!!」

...まあ、そうなんですけどね。そういう理由なら良いのですが...

   実は、セメスター制度の導入で「留年」という言葉は死語になりつつある。だって、学年の意味はないからね。ただし、留年がなくなっても卒業に必要な単位数や必須科目などがなくなったわけではない。よくあるのは、単位数が足りずに8セメスターで卒業できなかった学生が9セメスターで卒業、つまり、半年遅れて秋に卒業を目指すケース。これはある意味大変で、殆どの日本の企業は秋に新卒採用しないので、秋卒だと就職が難しい。ただでさえ、8セメスターで卒業できなかった学生だし、それこそ、グローバルな視点で就職を探さないと......

「9セメスターで卒業」に失敗した理由

   そういえば、こんなリケダンもいたなぁ。何とか就職も決めて、卒業論文も完成させた9セメスター目。彼と交わした会話は、こんな感じだった。

「正社員で採用も決まったし、卒論も完成したし、長い人生だから半年ぐらい遅れたってどうってことないぞ」

「...まあ、そうかもしれませんが、あと半年、お世話になることになりました」と軽く涙目

「えっ、卒論発表会も無事済んだじゃないか?先生方も感心してたぞ、あいつも、やればできるじゃないかって」

「...講義の単位を落としてしまったので、1科目足りなくて...」

「えっ、このセメスターで卒論以外に必要なのは1科目だけだったじゃない。その気になったら10科目ぐらい履修できるから...」
「1科目で2単位分しか履修していませんでした。すべてをその科目に賭けていたのですが...」

   そんなギリギリの勝負をしてスリルを味合う事はないと思うのだが。それに1科目履修してビシッと単位が取れるのなら9セメスターでまで引っ張らなっかただろうに。

   就職も一旦全てリセットになったが、何とか別の会社から内定をもらって、さらに半年遅れて卒業していった。まあ、10セメスター目では5科目ぐらい履修させたけどね。結局5年かかっての卒業なので、1年留年したのといっしょ。彼にとっては、セメスターは意味をなさなかったようで......(プロフェッサーXYZ)

プロフェッサーXYZ(えっくすわいじぃー)

国立大学を卒業し大学院修了後、助手として勤務。現在は東日本の私立大学の教授であり、フラスコを持ったリケジョの研究指導をしたり、シュレディンガー方程式に頭を悩ませる男子学生の教育を行ったりしている。受験戦争世代と言われた時代から、バブル世代、ゆとり世代、そして、ゆとりは終わった?という現代まで様々な教育・研究現場を肌で体験している。大学教育のみならず初等~高等教育の現場とかかわりを持ち、日々「良い教育は?」の答えを模索し続けている。ちなみにカクテル好きというわけではない、下戸である。また、「猫」も飼っていない。
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