2024年 4月 25日 (木)

「後進国」日本にマタハラを許さない職場つくるには 活動団体代表に聞く(1)

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   「マタハラ」とは、マタニティ・ハラスメントの略称。すなわち、妊婦に対する、妊娠を理由にした嫌がらせ行為のことだ。性的な嫌がらせであるセクハラ、権力を濫用するパワハラと合わせ、日本が抱える三大ハラスメントの一つと言われている。

   ただし、セクハラやパワハラとは異なり、マタハラは受ける人が限られ、時期が極めて短く、また日本に確固として根付いている労働慣習ともあいまって、被害者はこれまでほとんど泣き寝入りするしかない状況であった。

   しかし近年、マタハラ被害者による訴訟などが頻発するようになり、社会的にも注目を集めるようになった。言葉のイメージから、マタハラは妊婦と会社間の問題と限定的に捉えられがちであるが、実は日本が抱える少子化問題や、ブラック企業をはじめとした劣悪な労働環境の問題と密接に関わっているテーマなのだ。

日本の状況は途上国なみ

日本のマタハラ状況はきわめて後れている
日本のマタハラ状況はきわめて後れている

   今回紹介する小酒部さやか氏は、自身が受けたマタハラを原体験として2014年、任意団体「マタハラnet」を設立し、代表としてマタハラ防止のための活動を精力的に行っている(現在はNPO)。すでに同問題は国会でも採り上げられ、迅速な法整備にもつながっている。

   小酒部氏は2015年、米国務省「International Women of Courage Award(世界の勇気ある女性賞)」を日本人として初めて受賞したが、同賞は基本的に発展途上国の女性に授与されるものであり、日本人の受賞は、わが国のマタハラ状況が世界的に見て異常なくらい後れた現象であることを物語っている。

   私は、小酒部氏に対し、アプローチこそ違えども最終的なゴールには共通するものがあると感じていたので、かねてより詳しく話を伺いたいと考えていた。このたびお目にかかる機会を得たので、

   (1)マタハラ問題への思い

   (2)女性の働き方やマタハラについて、実際に組織に属する人間は/経営者は/国や行政は、具体的に何をすべきか

   (3)小酒部氏の訴えが、短期間のうちに世の中を動かすことができたのはなぜか

   について考えを聞いた。(新田龍)

相談にまで至る人はごく少数

   新田:ご著書『マタハラ問題』を読みました。いつも明るく、エネルギーに溢れている印象の小酒部さんですが、壮絶なマタハラを経験されていたんですね......。「現代の日本の大企業で、本当にこんなことが起こっていたとは」と愕然たる思いでした。

   小酒部:今まで気軽に読める「マタハラ本」が他になかったものですから。この本を通じて多くの方にこの問題の本質を知ってもらいたいと思います。掲載した事例はどれも、「マタハラnet」に寄せられた報告によるものです。最近ようやくマタハラの相談窓口も増えてきましたが、実際に相談にまで至る人はごくわずか、というのが現状なんです。

   新田:そうなんですか!? 感覚的に被害者は多いような気がしますが......。

   小酒部:これまでハラスメントと認知されてこなかったこともあって、実際に被害を受けても、「こんなことを言われたんですが、これっておかしいですか?」といったレベルの認識なんです。また、被害者本人に「自分の妊娠のせいで、組織に迷惑をかけているのでは?」といった後ろめたさがあったり、「マタハラなんて思い込みだ!」と周りに決めつけられたり。まだまだ壁が厚い印象ですね。

   新田:確かに、セクハラやパワハラに比べると、対応に個人の価値観の違いが反映するかもしれないですね。

   小酒部:はい、マタハラは「働き方の違いによるハラスメント」と言えます。大多数の総合職のようには長時間労働ができない「異質な働きかた」として排除の対象になってしまい、上司ばかりか同僚や後輩からも四面楚歌になることもあり得ます。妊娠や育児に対し異なる考えをもつ女性が加害者になるという面もありますね。

   新田:確かに妊娠や育児は一時期だけのことだし、そうした生き方を選択しない人にとっては他人事ですから。被害者が孤立する状況が生まれやすいんですね。

勝訴で動いた行政、立法

   新田:「マタハラ」というキーワードが多く語られるようになってから、それが政治の場に届き、法改正に着手されるまですごく速かった印象があります。

   小酒部:ここまで素早く政治が対応した事例はないでしょうね。2014年7月に「マタハラnet」を立ち上げたのですが、その3か月後、広島の理学療法士が起こした降格不当訴訟に対し「妊娠を理由とするものでマタハラに当たる」という司法判断が出ました。そこから行政が動いて、立法が動いたという流れです。最初に声をあげた、療法士の女性の存在が大きかったです。

   新田:問題が司法の場で争われ、何かしらの判例が出ると影響は大きいですね。企業の違法行為の歯止めになることも期待できますから。

   小酒部:産休に入った女性にボーナスを出さない会社がありますが、「妊娠中だと声をあげることもできないだろう」とタカをくくっているわけです。ペナルティがあるといっても、「企業名公表」くらいですし。でも、このままでは違法状態がまかり通ってしまいます。なんとしてもマタハラ被害者がコミットして、踏ん張って、声をあげていく必要があるんです。

   新田:ブラック企業問題同様、まずは制度や法律の存在を知り、主旨を理解するところから始めないといけませんね。

   小酒部:産休や育休を取得するまで、そもそも制度の存在を知らない、社内で周知もされていない、そういうことも多いですね。周りにも「休んでいるのに給料をもらって!」などと、制度を理解せずに非難する人もいます。これは妊娠女性の問題に留まらない、会社の経営問題であり、マネジメントの怠慢だと言えます。

管理職が変わらなければ

   新田:経営者も、マタハラ問題解決も含めたダイバーシティ(多様な人材の積極活用)の重要性はアタマでは分かっているかと思いますが、実際どのようなマネジメントをしていくのが有効なのでしょうか。

   小酒部:「多様な人を受け容れて活用しよう」という制度があれば「ダイバーシティ」と言えますが、制度が整っていても、「利用する人だけがトクをする」「利用しない人は知らない」といったものだと意味がなく、「逆ハラスメント」になってしまう可能性があります。ダイバーシティの後の「インクルージョン(一人一人の多様さの受容)」が必要ですね。

   新田:なるほど、経営者が号令をかけるだけではなく、組織に着実に浸透させていくために、現場を巻き込んでいくことが必要なんですね。

   小酒部:まずは現場の管理職が変わる必要があります。業績評価だけではなく、ダイバーシティを推進するなどの環境改善活動に対しても評価できればいいですね。育休・産休の社員をフォローするメンバーに対する教育研修や、休業中の従業員の報酬分配の仕組みを考えることなどです。誰か一人だけがオトクだと不平不満が生まれてしまいますが、皆オトクだとインクルージョンしていくのです。

   新田:たしかに「自分たちが苦労する」といった認識がある以上は変わらないです。

   小酒部:こうした問題への対策は、「利益に直結しない」と捉えられがちだけに、優先順位が低いんです。でも、管理職が問題行動をしているのに、組織として何の対応もせず、処分もされない状態というのは異常です。そういう管理職は、これまで忠実に組織の言う通りに行動してきた人たちだったりするので、自分で考える習慣もなく、深く考えずに発言して結果的に悪がはびこることになりがちです。海外では、「女性管理職を育成した上司」が出世して役員になる可能性が高いんですよ。業績だけではなく、「人が辞めない部署」も評価されるべきですね。(この項、次回につづく)

新田 龍(にった・りょう)
ブラック企業アナリスト。早稲田大学卒業後、ブラック企業ランキングワースト企業で事業企画、営業管理、人事採用を歴任。現在はコンサルティング会社を経営。大企業のブラックな実態を告発し、メディアで労働・就職問題を語る。その他、高校や大学でキャリア教育の教鞭を執り、企業や官公庁における講演、研修、人材育成を通して、地道に働くひとが報われる社会を創っているところ。「人生を無駄にしない会社の選び方」(日本実業出版社)など著書多数。ブログ「ドラゴンの抽斗」。ツイッター@nittaryo
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