2024年 4月 26日 (金)

学歴不問のさきがけは毎日新聞 上智「中退の星」が扉を押す

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   今回はソニー・学歴不問採用の続きです。1991年、ソニーは学歴不問採用を導入。現在は、学歴不問採用を大規模に導入したさきがけはソニー、という見方が定着しています。私もそう思い込んでいたのですが、改めて調べてみたところ、ソニーよりも早く導入していた企業がありました。

「経営が傾き、話題作りもあって」

アメリカ留学の経験もあって
アメリカ留学の経験もあって

   まず、同じソニーグループのCBSソニーが1989年から実施しています。学生には好評だったようで、「週刊ポスト」1991年5月3日号の記事によると、「88年度の応募者が3000人だったのに対し、89年度は4000人、90年度は5000人と、毎年1000人ずつ増加している」とあります。

   CBSソニーの1989年からさらに遡ること10年、1979年卒から、毎日新聞社が「学歴・経歴不問」を掲げて、採用を始めていました。その事情について詳しく報じているのは「週刊文春」1979年2月15日号の記事「『学歴・経歴不問』毎日新聞 型破り入社試験の合格者」です。

   当時、毎日新聞社は1972年に起きた西山事件などの影響で経営が悪化していました。77年には債務超過から新旧分離(会社分割)に追い込まれ、76年と77年は新卒採用を中止しました。そういう背景もあってか、

「わが社がご存知のような状況ですから、わが社の目玉というか、話題を作りたいという気持もなかったとはいえませんが......」(石原国男・人事部長、「週刊文春」記事より)

と本音を漏らしています。

2人が最終選考まで残ったが

   その結果、受験者総数が1900人、うち大卒者以外の受験者が160人。記者・カメラマン・業務職、合わせて30人が採用されました(うち既卒5人)。出身大学は「早稲田大学八名、慶応大学四名、東京大学三名、一橋大学、東京外語大学、同志社大学各二名、一名だけが明治、立教、関学、横浜国大、上智など九大学」(同記事)とあります。既卒・大卒者以外では、記者職で慶応大中退者、カメラマン職で高卒者が最終選考まで残ったが、最後に落ちてしまった模様。

「二人が最終選考まで残りましたが、どうしてもワクに入りきらず、残念ながら落としました。(中略)学歴不問をうたう以上、(大卒者と同じ)試験を変えるべきではないか、という意見もあったのですが、そこまでは踏み切れませんでした」(石原部長)

   「週刊文春」の記事以後、毎日新聞社の学歴不問採用について、関連する文献は筆者の調査では出てきませんでした。再び大きく取り上げられたのは、就職情報誌「就職ステップ」1982年6月号でした。「学歴無用といわれるマスコミ 毎日新聞に大学3年中退で入社した加藤暁子さんの実力」という記事です。

   それによると、高校時代アメリカに留学していた加藤さんは上智大学外国語学部比較文化学科(現在の国際教養学部)に入学。文学部新聞学科の「テレビ制作」の講義にもぐり込み、月2回放送の学内放送「ソフィア・ガイド」のニュースキャスターとなります。

   「十二、三名の仲間たちはほとんどが一年先輩。彼らが四年になり」(同記事)、就職を意識するように。就職相談室で毎日新聞社の「学歴不問」を見て、「ほなら、ためしに受けてみるか」(同)。結果、内定が出たそうです。

   記事では、毎日新聞社の学歴不問採用について、「(実施)三年にして、高卒、中退を含めて適用された未卒者は一〇名となっている」とあります。年30~40人の採用枠で、高卒・中退者が3年で累計10人採用されたのなら、まずまず多いと言えなくもありません。

   しかし、取り上げられているのは上智大の才媛です。「中退」と記事タイトルにはありますが、現代の大学でいうなら、「飛び入学」に匹敵します。

   ちなみに、加藤暁子さんは入社翌年に上智大学を卒業。毎日新聞の福岡総局、経済部、外信部などでキャリアを積み退職。現在は、榊原定征・日本経団連会長を塾長に戴く「高校生のための日本の次世代リーダー養成塾」の専務理事・事務局長です。

やはり実力不問との混同が

   毎日新聞社の学歴不問採用について、作家の小中陽太郎氏はマスコミ批評の雑誌「創」1979年4月号のコラム「学歴不問と言うけれど...」で、同社の試験問題を取り上げ、

「その(採用試験問題の)選択の節は、やはり学歴社会で学んだ基準に近い」

と批判しています。その一例に「刑事訴訟法の逮捕後の送検手続き」を挙げ、「これがすぐわかるのは大学の法学部か、現場の警官ぐらいである」と非難します。

   だが、この小中氏の批判は、いささか暴論ではないでしょうか。

   たとえば、あるスポーツ選手が麻薬所持容疑で逮捕されたとします。刑事訴訟法を理解していないスポーツ紙記者は、その後の展開がどうなるか全く読めないに違いありません。ところが、新人記者の育成が警察担当(俗に言うサツ回り)から始まる全国紙・地方紙記者はどうでしょうか。

「警察は、逮捕状に基づいて被疑者を逮捕し、留置の必要があると判断した場合は 48時間以内に検察官へ身柄を送致しなければならない。検察官は、弁解の機会を与え、留置の必要があると考えるときは 24時間以内に裁判官に勾留を請求しなければならない」

という刑事訴訟法を熟知していて、どのタイミングで何を取材すればいいか、勘どころを押さえています。

   毎日新聞社であっても、それ以外の新聞やマスコミ各社でも、志望者が最初から刑事訴訟法をそらんじていることなど要求していません。が、入社後には刑事訴訟法を含め、複雑な法理や膨大な資料を読み解く能力が求められます。少なくともその素養を備えていてほしい、と望むがゆえの出題です。

   つまり、学歴不問採用と銘打っても、それはけっして実力不問採用ではありません(これ、前回も書きましたが)。企業側の考える一定水準を満たさなければ、学生が採用されることはないでしょう。

   この学歴不問採用と実力不問採用の混同、すなわち勘違いこそが、いまだ続く大学名差別とその悲喜劇を助長している、と私は考えます。ソニーよりも前に学歴不問採用を行っていた毎日新聞社で大きく取り上げられていたのが上智大中退の才媛というのが、この勘違いを象徴している、そう考えます(石渡嶺司)。

石渡嶺司(いしわたり・れいじ)
1975年生まれ。東洋大学社会学部卒業。2003年からライター・大学ジャーナリストとして活動、現在に至る。大学のオープンキャンパスには「高校の進路の関係者」、就職・採用関連では「報道関係者」と言い張り出没、小ネタを拾うのが趣味兼仕事。主な著書に『就活のバカヤロー』『就活のコノヤロー』(光文社)、『300円就活 面接編』(角川書店)など多数。
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