2024年 4月 20日 (土)

その9「人前での鼻かみ」 【こんなものいらない!?】

   夕暮れ、ビアホールでひとり機嫌よくジョッキを傾けていた。誰からも邪魔されない至福の時である。生きていてよかった。周りのざわめきさえもが心地よい。わが身は極楽浄土にいるようだ。

   突然、やや離れた、僕からは見えないところで異様な音がした。何ごとだろうか?

  • 「鼻紙」ではなく「花紙」と思えば、鼻のかみ方も少しは優雅になるのではないだろうか
    「鼻紙」ではなく「花紙」と思えば、鼻のかみ方も少しは優雅になるのではないだろうか
  • 「鼻紙」ではなく「花紙」と思えば、鼻のかみ方も少しは優雅になるのではないだろうか

気分は極楽浄土から地獄へ

   首を伸ばしてのぞくと、50歳がらみの男が鼻をかんでいる。1回、2回、3回......なんとも形容しがたい、おぞましい音がビアホールに響く。僕は極楽浄土から地獄に引きずりおろされた気分になった。

   日本企業に勤める中国人女性が会社を辞めたいと言う。えっ、これまでは仕事が楽しいと言ってたんじゃないの? そう尋ねると、

「仕事自体は楽しいのだけど、隣に座るようになった若い日本人女性には我慢がならないの。大きな音を立てて絶えず鼻をかむ。鼻をかむこと自体は仕方がないけど、その時には席をはずすとかしてほしい。中国ではあんなこと、絶対になかったわ」

   以前、中国の「人民日報」の日本語版を読んでいたら、「日本ではラーメンを食べる時と鼻をかむ時には、音を立ててもいい」という記事が出ていた。えっ、日本そばを食べる時は音が許されるというのは、僕もかねがね聞いている。だが、ラーメンもだとは知らなかった。でも、人民日報は日本そばとラーメンを混同しているのかもしれない。いずれにしろ、両者は親類のようなものだから、まあいい。

   しかし、日本では鼻をかむ音がOKとは初耳である。なのに、人民日報は「鼻をかむことに対する日本人の寛容度は高い。人前でやっても、他人から粗暴だと思われることはない」とまで書いている。

日本の奥ゆかしい伝統いずこへ

   おやおや、ちょっと待ってほしい。僕なんか、両親から「人前で鼻をかむ時はできるだけ席をはずしなさい。少なくとも顔を背けて音はできるだけ小さくしなさい」と教えられたきた。

   欧米人は、食事中のげっぷは特に嫌がるが、鼻をかむことには寛容と聞いたことがある。確かに、食事中に面と向かって、それも白いハンカチで鼻をかんだ妙齢の欧米人女性を目撃したことがある。でも、それは文化、習慣の違いとして見逃してもいい。

   しかし、日本人が人前で大きな音を立てて鼻をかむのは、いかがなものであろうか。仕方のない生理現象であっても、できるだけ目立たないように振る舞う。それが日本の奥ゆかしい伝統であったはずだ。

   人民日報が日本では人前で鼻をかんでも粗暴ではないと書いたのは、彼ら中国人の感覚では、それを粗暴だと思っているからだろう。粗暴と言えば、中国では以前、手鼻をかむ人も少なくなかった。だが、近年はそうした「技能」が廃れたのか、都会ではほとんど見掛けなくなっている。

   日本と中国の関係は近年、ぎくしゃくとしている。それだけに、人前での鼻かみは遠慮するという価値観くらいは、共有していてもいいのじゃないだろうか。(岩城元)

岩城 元(いわき・はじむ)
岩城 元(いわき・はじむ)
1940年大阪府生まれ。京都大学卒業後、1963年から2000年まで朝日新聞社勤務。主として経済記者。2001年から14年まで中国に滞在。ハルビン理工大学、広西師範大学や、自分でつくった塾で日本語を教える。現在、無職。唯一の肩書は「一般社団法人 健康・長寿国際交流協会 理事」
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